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「被災地より政局」の小沢一郎の1年

岩手選出2議員に見る“政治家”と“政治屋”の分岐点

2012年3月19日(月)

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 東日本大震災から1年が経過した。この間、筆者の故郷である岩手県など被災地に何度も足を運んできたが、うず高く積もったままの瓦礫の山や、土地利用計画すら固まっていない沿岸周辺地域の現状を見るにつけ、復興という言葉が上滑りしたものであると痛感させられる。

 様々な真実が見えた1年でもあった。日本が大規模な自然災害に直面するリスクを抱えた国であること、原子力発電が安全という神話の崩壊…。そして、戦後最大の危機対応を迫られた状況下にもかかわらず、この国の政治が「政局」を優先し、物事を決められない。そんな深刻な機能不全状態にある実態もあらわになった。

復興を阻んだ「政治の怠慢」

 復興が遅れている大きな要因が、政治の怠慢や対応のまずさだったことは間違いない。特に、識者や自治体関係者などが異口同音に指摘するのが、本格的な復興予算となる2011年度第3次補正予算の成立が昨年11月までずれ込んだこと。不毛な与野党対立と、菅直人前首相の退陣に伴う政治空白がその理由だ。

東日本大震災以降の主な政府の動き
2011年3月11日 東日本大震災発生
3月19日 菅直人首相(当時)が谷垣禎一・自民党総裁に大連立を打診、谷垣氏が拒否
5月2日 2011年度第1次補正予算(約4兆円)が成立
6月2日 菅首相(当時)が「一定のメドがついた段階で若い世代に引き継ぐ」と発言。内閣不信任案が否決
6月24日 復興基本法が施行
6月25日 東日本大震災復興構想会議が提言を政府に提出
7月25日 2011年度第2次補正予算(約2兆円)が成立
7月29日 復興基本方針を策定
8月10日 菅首相(当時)が退陣を表明
8月29日 民主党代表選で野田佳彦氏を代表に選出
9月2日 野田内閣発足
11月21日 2011年度第3次補正予算(約12兆円)が成立
12月7日 復興特別区域法成立
12月9日 復興庁設置法成立
2012年1月13日 野田改造内閣が発足
2月8日 2011年度第4次補正予算(約2兆5000億円)が成立
2月10日 復興庁発足
3月11日 震災1周年

 未曾有の危機的状況で、国民が政治に求めたのは、大胆かつ迅速なリーダーシップの発揮と国内外への明確なメッセージの発信だったはずだ。肝心要の首相官邸に危機対応能力が備わっていなかったのが最大の誤算だが、それでも、経験不足の民主党政権内で、国民の思いに少しでも応えようと、もがき続けた政治家は少なくない。

 その一方で、与野党問わず、政権の追い落としや自らの影響力の維持を最優先に行動する“政治屋”が跋扈したのも確かだ。その様に国民の多くはあきれ、失望したことだろう。政治不信が極まった1年と言ってもいい、惨憺たる状況だ。

 震災後、誰が政治家たらんともがき、誰が政治屋としての本性をさらけ出したのか。その典型例を、被災地、岩手県選出の2人の国会議員に見ることができる。前者が平野達男・復興相、後者が小沢一郎・民主党元代表だ。

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「「被災地より政局」の小沢一郎の1年」の著者

安藤 毅

安藤 毅(あんどう・たけし)

日経ビジネス編集委員

日本経済新聞社で経済部、政治部などを経て2010年4月から日経ビジネス記者。2012年4月から現職。政治、経済政策を中心に執筆している。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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