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起業家、尊敬されるための条件

社会からの要請がある場所はどこか

  • 伊藤 正倫

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2012年4月10日(火)

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 記者という職業上、取材を通じて数多くの人に話を聞く。誰がいつ、どんなことを話したかを記憶する力は欠かせないスキルであるが、10年近くも前に会った人物となると、再会しても顔を思い出せないこともある。それでも、その人が持つオーラというか雰囲気は覚えているもので、オーラが変わっていないと妙に懐かしさを感じる。

 2003年、日本経済新聞の記者時代にお会いした牧大介氏も、そんな1人だった。詳しくは日経ビジネス4月9日号の旗手たちのアリア「“森の改革者”、地方を救う」をご覧いただきたいが、当時の牧氏はUFJ総合研究所の研究員。取材の目的は、UFJ総研のユニークな人事制度だった。社員が自ら選んだ年収に応じて仕事のノルマが決まる仕組みで、大抵の人が年収を上限に設定する中、牧氏は年収を新人以下に抑えてノルマを極力減らしていた。空いた時間で全国の森林や林業を調査し、関係者との人脈を作るためだ。

 2003年前後は、大企業を支えた年功序列・終身雇用制度が音を立てて崩れ、日本中が新しい働き方を模索している時期だった。「社員を心身ともに拘束するのでなく、自由にやらせることで企業の活力源にする考え方もある。現に、お堅い銀行系企業すら制度化している」。牧氏の取材を踏まえた記事は、こんなトーンだった。一方、私自身には「この人はいずれ、独立するのだろうな」という印象が強く残った。

 今年の3月1日、牧氏と9年ぶりに再会したのは岡山県の北東にある小さな村、西粟倉村。特急列車が止まる最寄りの小さな駅まで出迎えてくれた。現在の肩書きは、西粟倉・森の学校代表取締役。林業を主要産業とする村で切り出した木材を、テーブルや椅子、床タイルなどに加工し、販売する第3セクター方式の企業を経営する。

 UFJ総研時代から変わらない牧氏の問題意識がある。日本の林業は戦後、安価な外材が大量に流入したことで廃れた。間伐されなくなった森から生物の多様性が失われた。だから林業の再興が、森が豊かさを取り戻す起点となり、間伐材を使って産業を興せば村が潤い、さらに林業も発展するのではないか、というものだ。“持続可能社会”をつくることで地域の活力を取り戻す取り組みである。牧氏は2008年、ここ西粟倉村で林業や森林のコンサルタントとして長年培った知見やノウハウの実行に移した。世間的には、社会起業家と認識される人物である。

 森林と林業の再生に賭ける牧氏の強い思いは、9年前と少しも変わっていなかった。正直言うと、そのことにあまり驚きはなかった。もちろん、安定した職への未練を断つことは簡単ではないが、起業家と呼ばれる人の多くは、人並み以上の意志と行動力を備えているものだ。しかし、わずか4年間で50人が村にIターンしたと聞いたときには驚いた。人口1570人の村である。村そのものが限界集落といっても過言ではないが、牧氏の取り組みを知って、移住を決めた若者は少なくない。

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