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「俺たちに定年はない」

100歳ビジネスマンの背中に見る日本の将来

2012年6月1日(金)

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 うららかな陽光が降り注ぐ5月末のある日。JR東海道線に揺られて神奈川県藤沢市辻堂に住む、ある老紳士の誕生日のお祝いに伺った。

 相模湾にほど近い築50年の旧宅で私を迎えてくれたのは福井福太郎さん。5月19日に100歳の誕生日を迎えたばかり。当日は藤沢市長の表敬訪問も受けられたという。米ティファニーや英バーバリー、米ハリーウィンストンの日本法人社長を歴任し、海外高級ブランドの伝道師と呼ばれた福井喜久夫氏のご尊父である。

辻堂の自宅から出勤する福井福太郎さん

 福太郎翁は明治45年、東京・京橋に生まれた。「11歳の時に関東大震災、33歳の時に東京大空襲と終戦、99歳の時に東日本大震災を経験したんです」。近代日本の未曾有の大惨事と復活を見守ってきた瞳は100歳を過ぎても生き生きとしていた。

 慶応大学経済学部助手だった昭和12年に、2・26事件にもかかわったエリート軍団である陸軍第1師団に入隊。幹部候補生として陸軍経理学校に学んだ。南満州威寧城や黒河省孫呉など3度にわたる満州駐屯を経て、陸軍参謀本部主計中尉として英米の情報を収集していた1941年、太平洋戦争が勃発する。

100歳で現役のサラリーマン

 ここまででまだ30歳。福太郎翁はその後、東京で毛皮商を成功させたり、証券マンとして旧日本勧業角丸証券の合併に携わったりするなど波乱万丈の人生を送るのだが、何よりも驚くべきことは100歳にして現役のサラリーマンだという事実だ。

 東京都千代田区神田多町。江戸時代には青物市場でにぎわった古い街角に、ジャンボやロトなどの宝くじを受託販売する「東京宝商会」という会社がある。都内各所に販売所を持ち、ここから上がる売上金で収益を得る。福太郎翁はここで宝くじ売りの販売員の女性たちが持ち帰るお金を集金する業務に就いている。辻堂から神田までは電車で約1時間。福太郎翁は朝9時に家を出て午後2時に退勤する生活をもう30年も続けているのだ。

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「「俺たちに定年はない」」の著者

小板橋太郎

小板橋太郎(こいたばし・たろう)

前日経ビジネス編集委員兼副編集長

1991年立教大学文学部史学科卒、日本経済新聞社入社。整理部、社会部、産業部などを経て2011年から日経ビジネス編集委員。現在は日本経済新聞社企画報道部デスク

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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