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会社を辞めてからが本当の勝負

「早期退職の経済学」の向こう側

2012年7月10日(火)

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 日経ビジネス6月18日号の特集「早期退職の経済学」の取材では、定年を迎えることなく職場を離れた人たちに会って話を聞いた。取材期間1カ月ほどのうちに、過去に人員整理に踏み切った大企業でずいぶんたくさんの社員に、去っていった先輩や元上司らの動向をたずねてみたが、誰1人として答えられなかった。薄情とは思わない。会社側がそこまで把握する義務はない。田舎へ帰った人や、元の職場とは連絡を絶ちたいという退職者もいるだろう。

 だからこそ、本特集をやる意味があったと思う。先輩の“その後”が見えにくいからこそ、現役社員は「40~50代で会社を辞めてしまうって、どんなものなんだろう」という疑問を抱きやすい。特集ではシミュレーションや個人の体験談、識者のコメントを紹介しつつ、十分に早期退職に関する判断材料を提供した。だが、たくさんの退職経験者に会えば会うほど、「退職後の生活は千差万別である。退職という決断が正しかったかどうかの判断すら難しいものだ」と感じるようになった。そこで、誌面の都合上、特集には盛り込めなかったものの、特に印象に残った3人の退職体験談を紹介したい。早期退職について考えるヒントとして、特集と併せてお読みいただければ幸いである。

 まずは退職後に冒険的で、興味深い進路を選択した、吉田矢裕嗣さん(57歳)である。大学卒業後、大手百貨店に就職、長年アパレル部門のバイヤーとして勤務した。2009年秋に早期退職に応募。「経営統合によって業務の効率化がどんどん進み、自分のやりがいと会社の方向性に溝ができてきた」というのが、直接的な理由だ。定年まであと5年もあるし、その気になれば会社は65歳まで働く場所を用意してくれただろう。だが、思い切って退社。そして、翌春に妻と長男を連れて種子島へ移住した。

 それまで屋久島や沖縄には度々訪れていたものの、種子島には縁もゆかりもなかった。会社が早期退職を募る直前に、あるアパレルメーカーのイベントで種子島の写真と出会い、島に関心を抱く。ロケットの打ち上げ基地の存在や、気候の良さを知るにつれて、漠然と移住へと気持ちが傾いていった。結果的に島へ渡るために早期退職を決断したとも、希望退職というきっかけが島行きを後押ししたともいえる。

 生まれ育ちは東京都練馬区。老いた母は今も豊島園に住んでいる。妻と小学2年生の長男は反対しなかったが、母親は強く反対。ずっと賃貸住まいだったので、家のローンはなし。息子の年度末までに引越しの準備を整えて、種子島へ渡ってから職は探し始めた。

 おカネのシミュレーションはやってみたが、「あくまで家族を説得するための資料作りに過ぎなかった」と笑う。吉田矢さんの決意は固かったからだ。バイヤー時代に上司を説得するためにやったようなことと同じ。バイヤーとしての信条は「現場現物を見なければ判断できない」。もちろん、何の準備もしなかったわけではない。再就職支援会社のパソナキャリアの「セカンドライフ支援プログラム」を受講。「田舎暮らし支援コース」で就農やNPOの活動のあり方を学んだ。パソナキャリアカンパニーのプレジデントである渡辺尚氏は「多くの企業が早期退職を実施するので、大手企業の部課長経験者が大量に転職市場へ流れ込んでいる。今の50~60代は若くて元気。中小企業や地方の会社にとっては採用の好機だ」と指摘する。吉田矢さんのようなキャリアの持ち主は、地方では確かに稀少。待遇さえこだわらなければその経験を求める職場は多いだろう。

 見込み違いだったのは、離島の物価。ガソリンや食品、消費財は、物流費がかさむために割高なことだ。家賃こそ東京と比べて格安だったが、生活コストは高かった。また、島では過疎化が進んでいる。息子は「複式授業」と呼ばれる、2学年の生徒が1つの教室で学ぶ方式で勉強している。同級生の男の子は1人だけ。だから、小学校の生徒たちとJAXA職員が触れ合うイベントを企画したりと、いろいろ考えている。最初はバイヤーとしての独立・起業を狙っていたが、今は地元の物産を商工会議所のような組織で企画・販売する仕事に就く。1年契約の職員だが、周囲に必要とされて働くのは幸せだと感じている。

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「会社を辞めてからが本当の勝負」の著者

上木 貴博

上木 貴博(うえき・たかひろ)

日経ビジネス記者

2002年に筑波大学を卒業し、日経BP入社。「日経ビジネス」「日経情報ストラテジー」「日経マネー」編集部などを経て、2016年4月から現職。製造業を中心に取材中。趣味は献血(通算185回)。相撲二段。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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