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「侍ハードラー・為末大」という生き方

オリンピックの夢、破れても

2012年8月2日(木)

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 イマイチ盛り上がりに欠けていたロンドン五輪。開会式に先駆けて行われたサッカー日本代表の予選で、男女ともに快勝おさめて、ようやく祭典の到来を感じられるようになった。

 サッカーなどの人気種目は別として、五輪はマイナー競技にとって、まさに「晴れ」の舞台だ。4年に一度の舞台に合わせて、選手は人生のすべてを注ぎ込む。4年のサイクルをどう過ごし、ビッグイベントの勝負に照準を合わせるか。頂上決戦が連日繰り広げられる。

 そんな世界の熱戦が繰り広げられる中、安どの表情を浮かべながら「やっと笑顔で応援できる」と語る人物がいる。

 400m障害の第一人者だった為末大選手だ。日本の陸上競技を支えた選手で、シドニー(2000年)、アテネ(2004年)、北京(2008年)と3回の五輪に出場。4度目を狙って今年の日本選手権に出場するも、予選で転倒して最下位に沈み、引退した。

わざと負けることも

 身体能力は必ず限界が来る。短い選手生命をどのようにして戦い、結果を残していくのか。そして、自らユニフォームを脱ぐ瞬間をどのようにして決めるのか。アスリートの「生き様」から、ビジネスパーソンや経営者は多くを学ぶことができる。

 引退後の為末選手を取材し、現在の心境や競技生活を振り返ってもらった。(詳細は日経ビジネス7月30日号に掲載

 「長い競技人生で、経験が技術となって蓄積されました。一方、身体能力は加齢とともに落ちていく。2008年の北京五輪まで、多少は体力の衰えを感じていましたが、技術でカバーできる部分が多かった。ところが、ロンドンまでの4年間は厳しかった」

 経験が蓄積される分、身体感覚は衰えていく。止まらない時計の針を感じながら、身体感覚と経験を融合させて戦っていかなければならない。

 一方、ビジネスパーソンにおける「競技人生」は、一般的には数十年に及ぶ。五輪のような明確な勝負時とタームがないため、なかなか自身のプランを描いて勝負していくのは難しいかもしれない。いかにして勝負に備え、勝利を収めるか。この点で、為末選手の現役時代のエピソードは、ビジネスシーンにおける戦いへの示唆に富んでいる。

 まずは、実業団選手の身分を自ら捨て、プロ化を宣言したことだろう。

 トップランナーであった為末選手は、2003年に所属の大阪ガスを辞めて、海外の賞金レースで稼ぐプロ化を宣言する。コーチをつけず、収入としても不安定になる中での挑戦だ。

 周囲は彼を「侍ハードラー」と呼ぶようになる。会社に属して競技を続けるのは環境として恵まれているが、自身の甘えにつながっていると感じたからだ。事実、海外の賞金レースで戦った相手はハングリー精神旺盛だったという。厳しい環境に身を置き、高いレベルでの勝負に挑む姿勢。それこそが、頂点を極めるのに不可欠だと判断したのだろう。独立して起業する精神に近い。

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「「侍ハードラー・為末大」という生き方」の著者

白壁 達久

白壁 達久(しらかべ・たつひさ)

日経ビジネス記者

2002年関西大学経済学部卒業後、日経BP社に入社。日経ビジネス、日経ビジネスアソシエを経て、2015年から香港支局長としてアジア全体をカバーする。2016年8月から日経ビジネス記者に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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