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有権者の「潜在ニーズ」を政策に生かすには

国民と政治の新しい関係

  • 鈴木 崇弘

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2012年9月6日(木)

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 筆者は、最近大学の授業「政治学入門」の期末試験を行った。その授業の学生のほとんどは、今年初めて有権者になる世代だ。

 彼らの答案の多くに書かれていたのは、「政治への不信(感)」だった。この授業は今年で3年目だが、彼らの答案を見る限り、それらの不信は、消費税増税や原発問題などから生まれているようだが、今年ほど学生の政治への不信を強く感じたことはなかった。

 これは、別の言い方をすると、政治への強い不信感が、選挙などいまだ直接政治に関わったことのない世代にも広まってきているといえるということではないだろうか。

「決める政治をやり遂げる」総理と国民とのギャップ

 今日の日本をみると、その政治は混乱と低迷を極め、その混迷の度合いは日々広がり、深刻さを増してきているといっても過言ではない。そのことが、このように若い世代を含む日本国民の間に政治への大きな不信感を生んできているといえる。その結果が、現政権への支持率の継続的な低下などに表れているといえる。

 他方、野田佳彦総理をはじめとする政治に関わる者は、すべてがうまくいっているわけではないが、多くの課題と困難の中で、問題解決のため、そして国民のためにこんなに一生懸命に努力しているのに、国民はなぜ分かってくれないのだと考えていることと思う。

 そして、野田総理は、国民にとり短期的には不都合であったり、国民が反対であっても、「決める政治を果敢にやり遂げていく決意だ」(注1)と考えているようだ。

 政界の今後の不透明感や波乱の潜在性はあるものの、野田総理の粘り腰で、混乱した増税論議は何とか決着し、増税法は成立した。ただ、その過程においても、与野党や政権の間での政界内だけの議論で、国民はその論議からは置いてきぼりの感をぬぐえない。野田総理も、国民からの支持をバックにして政権運営をしていこうという考えはないようだ。

 これらのことは、国民と総理そして政治との間には大きなギャップがあることを示しているのであり、国民と政治の間における関係性がうまくいっていないことを示しているのである。

 国際社会における多くの国々においても、民主主義のもと、国民の政治に対する不満が高まっており、政治が国民にメッセージを伝えるのが難しくなってきている。その典型が、ギリシャ危機に典型的に表れている。

 このような問題を解決するために、「政治マーケティング」という手法が、国際的に脚光を浴びてきており、海外の国々でさまざまな成果も生まれてきている。

 日本でも、政治において、世論調査や政治広報は広く活用されるようになってきている。そして、政治的にも大きな役割と影響力をもってきている。だが、「政治マーケティング」という手法の活用は、海外とは異なり、いまだ広まってはいない。

コメント3件コメント/レビュー

政治が上手く行かないのは、仕組みが古い為だろう。現代の複雑さでは、全てが判る国民も、政治家も、官僚もいないだろう。家業に忙しい国民や、選挙が第一の政治家を、判り難い法律を作る官僚が支配するのが当然の結果で、三権分立は修正が要る。マスコミも政局屋が多くて、国民の役には立っていない物が殆どである。政治アンケートの問題提起だけでなく、民意が上手く政治に生きる政治の仕組みを 本気で提案して欲しい。中国のような多頭制の独裁が 寧ろ正しいのか?(2012/09/06)

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いただいたコメント

政治が上手く行かないのは、仕組みが古い為だろう。現代の複雑さでは、全てが判る国民も、政治家も、官僚もいないだろう。家業に忙しい国民や、選挙が第一の政治家を、判り難い法律を作る官僚が支配するのが当然の結果で、三権分立は修正が要る。マスコミも政局屋が多くて、国民の役には立っていない物が殆どである。政治アンケートの問題提起だけでなく、民意が上手く政治に生きる政治の仕組みを 本気で提案して欲しい。中国のような多頭制の独裁が 寧ろ正しいのか?(2012/09/06)

世論調査に一喜一憂?民と政治の新しい関係性を構築する一つの手だて?評論家、識者、マスコミ擧げていろいろ仰るのはいいが、根本はここにある。直近国勢速報で日本総人口一億二千八百六万七千三百五十二人、うち65歳以上を一括りにした老年人口二千九百二十四万六千人とあり、対総比率23%に上る。感謝とともに私もその一人であることを喜んでいる。商業経済社会では、とりわけ若年層の購買・訴求マーケティングは10年スパンの5段階に分け花盛りだが、老年者は5年スパンの3~4段階に分けても十分なマーケットがあろうというもの。65歳代は現役の隣り、70歳代も75歳代も80歳代もと考えれば潜在パワーはそのニーズの分析によって意外と掘り起こされるに相違ない。商いの世界と政治の世界は異なるだろうが老年者には温故知新をすすめつつ、ゆめにも老年者囲い込み狙いだけの虜にならないことを念頭に政治屋はいさ知らず、政治家を志す者もこの現実を直視していい政策、いい租税制度、善政を司って欲しいものだ。(2012/09/06)

政治の課題といわゆるマーケッティングの課題を、技術的表面的側面を除いて、同列に論じていいのかどうかという疑念を覚える。もとより、統治技術的には、後者で発達した手法を援用することは、すでに選択済みの政治課題の合理的な処理には有効だろうと思う。しかし、そもそもの課題選択という点では間違っていると思う。政治は敢えて言えば、「国や社会の存立に応ずる時間単位」での「耐久消費財」を、しかも、「システム」として提案販売することに近いのではないか。マニフェストなど類似商品の間での差別化のように見える面があるとしても、それらは「耐久消費財」的発想で言えば、デザインの違いか、せいぜい一時の使い勝手の違いに過ぎないものであろう。政治が対象とする時間単位として、議会会期とか実質的議員任期、あるいは、会計年度は重要な要素ではあっても、これらは飽くまでも技術的なものである。政治が本来関わっているはずの時間、人の一生を測る時間単位はもっと長い(例えば、10年~20年)し、国や社会の生存単位は、さらに、遥かに長いはずである(例えば、50年~数100年。さればこそ、一寸先は闇であったとしても、あたふたするには及ばないであろう)。(2012/09/06)

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