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幸福度の議論はどこに行ったのか

「日本再生戦略」から成長政策を考える(その3)

2012年9月5日(水)

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(「3回目の成長戦略をどう評価するか」から読む)

 近年、「幸福度」についての議論が盛んである。成長戦略という点からも、鳩山総理の時の成長戦略には、かなり大々的に幸福度が位置づけられていた。しかし、菅内閣、野田内閣と進むにつれて関心が薄れてきたようだ。

 私は最初から「成長戦略という観点から幸福度を取り上げるのは慎重にすべきだ」と考えていたので、このように関心が薄れたことは結構なことだと思っている。なぜそう考えるのかを以下で説明しよう。

 なお、最初に断っておくが、私は幸福度そのものについての専門家ではない。したがって、幸福度の研究そのものに異議を唱えているわけではない(そもそも幸福度についての研究について詳しく知らない)。関心のある研究者はどんどん研究を進めればいいと思う。私が本稿で言いたいのは、「成長戦略という観点から」幸福度を取り上げることについては、よほど慎重に考えた方が良いということである。

成長戦略と幸福度

 幸福度を成長戦略の中に大きく位置づけたのが政権交代直後の鳩山内閣である。2009年12月の「新成長戦略(基本方針)」の中では、幸福度について次のように述べられている。

 「数値としての経済成長率や量的拡大を追い求める従来型の成長戦略とは一線を画した。生活者が本質的に求めているのは『幸福度』の向上であり、それを支える経済・社会の活力である。こうした観点から、国民の『幸福度』を表す新たな指標を開発し、その向上に向けた取組を行う」

 これを読むと、いかにもGDP成長率に代わって、幸福度指標を目標にするかのような勢いだったことが分かる。そうなるのも無理はない。例えば、鳩山元総理は2010年1月の施政方針演説で、「経済のしもべとして人間が存在するのではなく、人間の幸福を実現するための経済をつくり上げるのがこの内閣の使命です」と述べている。

 しかし、こうした幸福度への熱意は、その後鎮静化していく。菅内閣時代に決定された「新成長戦略」(2010年6月)では、幸福度については、「新しい成長及び幸福度について調査研究を推進する」としているだけである。菅前総理は、就任直後の会見で、「最小不幸社会」を目指すという方向を示している。鳩山元総理が「幸福の最大化」を目指したのに対して、菅前総理は「不幸の最小化」を目指すとしたわけだ。

 なお、ややわき道にそれるが、この「最小不幸社会」という理念は、あまり人々には受け入れられなかった(その後全く聞かなくなった)。私は「スローガンとしては(あまり元気になるようなものではないから)どうかと思うが、考え方としては悪くない」と思っていた。あまり知られていないようだが、2011年1月のダボス会議で行った演説の中で菅前総理は次のように述べている。

 「なぜ、『最小不幸』なのか。幸せや豊かさは、自由な個人がそれぞれの価値観の中で理想を抱いて追求するものです。政治という権力行為で、あなたの幸福はこれですと決めつけることは、政治が行うべき役割ではないと考えます。しかし一方では、病気とか貧困とか戦争といった、誰にとっても不幸をもたらすこと、この不幸を最小化することこそが政治という権力行為のやるべき仕事だと考えるからであります」

コメント7件コメント/レビュー

まずは、「国民の97%が幸せだと感じている」の元となったデータについて、大変おもしろい結果が出てきて良かったです。やはりデータはソース(統計については調査事項、選択肢も)にあたってみないといけないものだと感じますね。▲さて、幸福度については鳩山政権が言い出したときから「アホか」と思っていました。もちろん、理由は同じです。比較するためには数値化する必要があるわけで、どのように数値化するかも理解不能ですし、文化的に異なる国々では幸福を感じる状態も異なるでしょうに、その異なる「幸福感」を比較するという発想も突拍子もない(誰かが換算レートを出すのでしょうか)ものでした。▲当然、国内でも個々の価値観が違うのですから指標作りも難航するはずです。客観的な指標であれば、国による価値観の既定を行う事になります。また、幸福度合い(10段階)であれば、ある人の「8点」と別の人の「8点」が同じ点数かという問題が生じます。▲まあ、ミクロ経済学では各主体は効用を最大化するように行動するとされていますので、その効用が「幸福度」であれば正しいのでしょうが…、幸福の価値はモノによって全然違うようにも思え、一物一価などとうてい成り立っていないと思うのですが。(2012/09/06)

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「幸福度の議論はどこに行ったのか」の著者

小峰 隆夫

小峰 隆夫(こみね・たかお)

法政大学大学院政策創造研究科教授

日本経済研究センター理事・研究顧問。1947年生まれ。69年東京大学経済学部卒業、同年経済企画庁入庁。2003年から同大学に移り、08年4月から現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

まずは、「国民の97%が幸せだと感じている」の元となったデータについて、大変おもしろい結果が出てきて良かったです。やはりデータはソース(統計については調査事項、選択肢も)にあたってみないといけないものだと感じますね。▲さて、幸福度については鳩山政権が言い出したときから「アホか」と思っていました。もちろん、理由は同じです。比較するためには数値化する必要があるわけで、どのように数値化するかも理解不能ですし、文化的に異なる国々では幸福を感じる状態も異なるでしょうに、その異なる「幸福感」を比較するという発想も突拍子もない(誰かが換算レートを出すのでしょうか)ものでした。▲当然、国内でも個々の価値観が違うのですから指標作りも難航するはずです。客観的な指標であれば、国による価値観の既定を行う事になります。また、幸福度合い(10段階)であれば、ある人の「8点」と別の人の「8点」が同じ点数かという問題が生じます。▲まあ、ミクロ経済学では各主体は効用を最大化するように行動するとされていますので、その効用が「幸福度」であれば正しいのでしょうが…、幸福の価値はモノによって全然違うようにも思え、一物一価などとうてい成り立っていないと思うのですが。(2012/09/06)

小峰ファンの私としては、「どうでもいい」コラムでした。そもそも。ほとんどの日本人なら、「幸福度」なんて測れるものではないという認識はしていると思いますよ。「持続的な成長」「雇用の安定」「物価の安定」をどうやれば達成できるのか・・・特に「雇用の安定」に関しては日本の(世界でも)一番大きな課題だと思いますので、そこに「規制緩和」や「TPP参加」など、雇用を奪う可能性がある政策ではないではない、現実的な対応行なうべきという事を論じたらいかがでしょうか(笑)(2012/09/06)

時の政権が幸福度を指標にするなど、全くナンセンス。私は、「幸福とは、全く個人的な人間力で決まるもの」だと考える。従って、少し飛躍した考えかもしれないが、縄文時代でも、平安時代でも、江戸時代でも、(大東亜戦争時のような特殊な時期を除けば)どの時代でも、自分を幸せだと感じられる人の総人口に占める割合は、ほとんど変わらないと思う。自分自身に責任を持ち、己の内面を掘り下げ、自分のあるべき人生を考えながらできる限り努力する人生を送り、自分が自分自身に満足できることこそが、幸福の核心だと考える。故に、幸福と政権の政策とは、全く異次元の概念。鳩山元首相のような低レベルの政治家が、国民の幸福を論じるなど笑止の沙汰だ。(2012/09/05)

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