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「首都圏3000万人避難」のリアリティを共有せよ

「脱原発基本法」に仕込んだ政局の時限爆弾

  • 山岡 淳一郎

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2012年9月19日(水)

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 野田政権は、電力と原発をめぐる「国民的議論」を踏まえ、2030年代に「原発ゼロ」が可能となるよう「あらゆる政策資源」を投入する「革新的エネルギー・環境戦略」をまとめた。

 日本にはこれまで「原発ゼロ」を政策として打ち出した政権はない。民主党内で、原発ゼロ論議を終始リードしたのが、総理大臣として東京電力福島第一原発事故の発災に直面した菅直人氏である。

 首相在任中の菅氏は、決断や行動をするたびに「延命」「思いつき」「人気取り」と激しいバッシングを受けた。しかし、一国の宰相として未曾有の原発事故と向き合った人物は、菅氏の他にはいない。その体験に根ざす原発事故の「リアリティ」を私たちは共有できているのだろうか。

最悪の状況に立ち会った唯一の総理大臣

 菅氏は、極限状況で「首都圏3000万人避難」という最悪のシナリオを身を持って受けとめたことから、それまでの原発推進論者から一転、脱原発の先頭に立った。原発輸出にも「ノ―」を突きつける。議員立法として国会に提出された「脱原発基本法案」にも賛同者として名を連ねた。

 もちろんそこには、永田町の権力闘争を勝ち抜いたこの人ならではの「計略」も潜んでいる。

 事故から1年半が過ぎ、我々は予想以上に早く、あの時の気持ちを忘れ去ろうとしている。彼が体験した「3.11」について、改めて尋ねることで、長い夏の「国民的議論」の連載をしめくくろう。このピリオドは、原発をどのように縮小するかという具体的論議の開始を告げる合図でもある。

 

山岡:原子力委員会の近藤駿介委員長が、福島第一原発から250キロ以遠の「移転」に言及した「最悪のシナリオ」を官邸に示したのは2011年3月25日。原発事故発生の2週間後でしたが、菅さんご自身が「首都圏3000万人避難」を切実に意識されたのは、いつ頃だったのでしょうか。

菅 直人(かん・なおと)
1946年10月10日山口県宇部市生まれ。本籍 岡山県。都立小山台高校卒。東京工業大学理学部応用物理学科卒。衆議院議員。2010年6月から2011年8月まで総理大臣を勤める。弁理士。妻、長男、次男の4人家族。現在、東京都武蔵野市に、母、妻と在住。(撮影:大槻純一 以下同)

:最初の一週間、防災服を着て官邸に泊まり込んで、奥の応接室のソファで仮眠を取っていたんだけど、しょっちゅう、最悪の状況が頭に浮かぶわけですよ。

 12日に1号炉がボンと水素爆発して、14日に3号炉、15日に2号炉、4号炉とどんどん壊れていく。福島第一原発だけで6基の原子炉と7つの使用済み核燃料プールがある。チェルノブイリは4号炉だけの爆発で、あれだけの大惨事になった。近くの福島第二原発と合わせて10基、11の燃料プールが制御不能になったらと想像したら、首都圏もただではすまない、と、考えずにはいられません。その度に背筋が凍りつきました。首都圏にはあらゆる機能が集中している。皇室の方々もお住まいです。どうすればいいか。

 ひと口に3000万人の避難といいますけどね、今回の事故で16万人の方が避難生活を強いられました。少なくとも、その約200倍の被害になる。

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