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「国」と「オラがクニ」の違いは何だろう

原英史さんと地方自治についてとことん話す【2】

2012年9月26日(水)

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 元経済産業省の官僚で、大阪府、大阪市の特別顧問でもある原英史氏と橘川幸夫氏の対談シリーズ第2弾。その2回目は、私たちの「国」と「郷」について考えます。近代化を終えた今、逃げこむ郷も持たず、かといって国という姿を捉えることもできないのが日本人かもしれません。地方分権を考える上での“国家論”をお二人がとことん展開します。

橘川:戦前は、明治以前から続く長い年月によって蓄積された地域の権力者の影響が残っていたのだと思います。だから戦前の内務省が強かったのは、地域の権力者間の人間関係の調整が国家安定に重要だったのだと想像します。それが、戦争で、一気に地域権力が崩壊した。戦後は、地域の人間関係ではなく、中央やアメリカとつながる財政が最大の権力基盤になったので、お金を握る財務省が権力者になった。

 戦争というのは、物理的な破壊をするのと同時に、コミュニティーのあり方を変えてしまうのですね。ある意味、革命と同じで、より良い方向にもっていけるなら全く無意味ということでもないと思いますが。

原英史(はら・えいじ)
「政策工房」社長。1966年東京都生まれ。東京大学法学部卒、米シカゴ大学ロースクール修了。89年通商産業省(当時)入省。大臣官房企画官、中小企業庁制度審議室長などを経て、国家公務員制度改革推進本部事務局勤務。2009年7月退官。2011年12月大阪府特別顧問、大阪市特別顧問に就任。著書に『官僚のレトリック―霞が関改革はなぜ迷走するのか』『「規制」を変えれば電気も足りる』ほか。

:またそんな、戦争肯定論みたいな、危険な発言を(笑)。ただ、問題は、それで良い方向に向かったかどうかですね。たしかに、内務省の消滅とか、地主階級の消滅とか、一定の入れ替えはあったと思いますが、大きな構造としてみると、国の中央集権志向と、地方に残るいろんなしがらみという枠組みは、戦前・戦後でそう変わっていない感じがします。地方の問題を解決するために国に頼る図式も、今もよく見られます。

橘川:いやいや、戦争はごめんこうむります(笑)。ただ人類の歴史を見れば、残念ながら技術のブレイクスルーも、価値観の根本的な変革も、戦争を通して現実化したという事実がある。原くんが言うように、中央集権の基本の構造は戦前も戦後も変わらないにしても、封建主義的な地域や家族の構造は戦後大きく変化したのではないか。アメリカが持ち込んだ民主主義によって、家族や地域を基盤にしない、個人意識をベースにした大衆というものが登場したと思います。それが良いとか悪いという判断ではなく、事実として。戦前の小作農たちは、今よりはるかに地域の権力者に従わざるを得なかっただろうし、多くの家庭の女性に対して父権は絶対だった。

中央集権から地方分権、そして個人権力へ

:たしかに、個人の意識とか家族とかは、戦争を境に大きく変わっていますよね。家族は、戦前は、天皇を中心とした国家形成のための重要な装置と位置付けられ、家父長を核とした儒教道徳が社会秩序の基本でした。戦後は、これが根底からひっくり返された。堺屋太一さんがよく、「戦後の日本では、大量生産社会を形成するため、国の方針として、家族と地縁が破壊された」と言われますが、要するに、保育とか介護といった機能も外部化され、家族は希薄な存在になっていった。ただ、「家族のあり方を国家が設計する」というところは、共通していたのかもしれません。

橘川:戦後の焼け野原を前にして、これを回復するには中央権力による強力なリーダーシップが必要だと感じた官僚たちのやったことは、その時代においては正義だと思います。しかし、その努力によって「豊かな時代」が一応、成立したわけですから、民主主義の本来の機能である、中央集権から地方分権、さらに、その先には個人権力が確立する時代に流れに従わなければならないでしょう。戦後社会は地域権力が衰退していく中での、より強固な中央集権化ですから、歯止めがきかない。

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「「国」と「オラがクニ」の違いは何だろう」の著者

橘川 幸夫

橘川 幸夫(きつかわ・ゆきお)

デジタルメディア研究所代表

1972年、音楽雑誌「ロッキングオン」創刊。78年、全面投稿雑誌「ポンプ」を創刊。その後も、さまざまな参加型メディア開発を行う。現在、阿佐ケ谷アニメストリート商店会会長、未来学会理事などを勤める。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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