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政治家の発言を徹底管理して成功

英国労働党が導入した米国流の手法とは

  • 鈴木 崇弘

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2012年10月4日(木)

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 英国は、政党が市場志向(market-oriented)になっている典型的な政治の場であると考えられることが多い。

 その英国において、保守党のマーガレット・サッチャー元首相は、信念の人といわれる一方で、実は政治マーケティングのパイオニアといわれる。サッチャーは、市場志向のコンセプトを政党の活動のすべての面で採用したわけではないが、保守党もある面で市場志向の政党であったと考えられ、それによって、有権者の支持を得ることができたのだ。

 本稿では、そのような政権与党であった保守党に対して、劣勢にあった労働党が、従来の保守党を超えた市場志向の手法を取り入れることで、政権を獲得していくプロセスとその後を見ていくことで、英国における政治マーケティングを考えていきたい。

 労働党党首として2007年の選挙で大勝し、首相になったトニー・ブレアは特に、その市場志向の強い指導者の代表例として挙げられる。

労働党はいかにして従来の党の殻を破ったのか

 労働党の政権のもとでは、労働組合の影響が強いこともあり、社会民主主義的政策により福祉政策の充実が行われ、また基幹産業の国営化などが行われた。しかしながら、この政策傾向は、英国の国力の低下と共に、国家財政を悪化させ、政策的に優遇された労働組合によってたび重なるストライキも行われ、英国社会全体がマヒする状況が現出した。これらの状況をまとめて、「英国病」と呼ばれたのだ。これらの結果、英国民は、労働党に対する不信感を増大させた。そして国民と労働党の間のギャップは決定的となっていったのである。

 このような状況において、与党保守党、特にそのサッチャー政権(1979年から1990年)は、そのような英国病を克服するために新自由主義的な構造改革を断行し、経済を回復させた。他方、労働党は、従来通り労働組合に依存し、福祉国家の方向性に拘泥したため、国民一般の支持を得ることができず、18年にわたり政権から遠ざかることになった。

 その後、労働党は、マスメディアによってつくられたこのような否定的なイメージを払しょくできずにいたが、その対応策として、米国流の政治マーケティングに関心を寄せるようになった。そして米国の民主党を訪問し、その広報体制やクリントン大統領(当時)の駆使したテクニックなどにも非常に影響を受けることになった。

 そのようなプロセスを経て、労働党は、従来の党の殻を破り、労働組合の影響力を減じ、自由主義経済と福祉政策の両立をうたう「ニュー・レーバー」を打ち出し、国民から大きな支持を得たのである。

 次に、政策マーケティング的視点から、ブレアがとった手法や方向性に関して、その主要なものを具体的にみていこう。

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