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iPS細胞、知られざる“特許攻防”と科学立国への課題

2012年11月7日(水)

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 「バイエル薬品、ヒトiPS細胞を先に作製――特許も出願、山中教授抜く」

 京都大学の山中伸弥教授が2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞することが決まったばかりで、驚いた読者も多いかも知れない。だが、これは最近の記事ではない。今から4年以上も前、2008年4月11日のものだ。

 毎日新聞の朝刊1面トップに踊ったこの見出しを見て当時、科学技術の担当記者だった筆者は、非常にびっくりしたのを今でも覚えている。

 この5カ月前の2007年11月、山中教授が、ヒトのiPS細胞(新型万能細胞)の作製に成功したと米科学誌セルに発表した。それ以来、報道各社の科学記者の間では、「iPS祭り」とも言うべき報道合戦が起きていた状況だった。

 そんな頃だっただけに、日本法人とはいえ、ドイツの有名医薬品企業が山中教授より前にヒトiPS細胞の作製に成功し、特許出願でも京都大に先行した可能性があるというニュースは、衝撃を持って受け止められた。しかも記事には、iPS細胞を作成したのは「バイエル薬品神戸リサーチセンターの桜田一洋センター長らのチーム」とある。外資系企業の日本人研究者が山中教授の対抗馬に浮上――という構図が一段と話題性を高めた。

 ここで、なぜこの話題を持ち出したのかについて触れておく。今年10月、山中教授のノーベル賞受賞を受け、筆者は約4年ぶりにiPS細胞の業界を取材した。その中で、このバイエルの特許を巡るその後の興味深い経緯を知り、日本の基礎研究やその実用化に関する2つの課題について、改めて考えさせられることになったからだ。

 科学立国ニッポンに垂れ込める不安材料と言ってもいい。

 2つの課題とは何か。どちらも、これまでも繰り返し言われてきたものではあるが、iPS細胞という注目度の高い技術と絡めて考えると、実感が増すのではないだろうか。

学術的価値とビジネスへの意味は別

 最初に明確にしておく必要があるが、山中教授がノーベル賞に選ばれたのは、2006年にセルに発表した、マウスのiPS細胞に関する論文が直接かつ最大の理由だ。この論文で山中教授のチームは、皮膚など成熟した体の細胞に複数の遺伝子を組み込むことで、細胞があらゆる組織に成長できる万能性を取り戻せることを世界に先駆けて示した。

 仮にこの論文を見た別の研究チームが同様の方法で山中教授より先にヒトiPS細胞を作製していたとしても、基礎研究上の功労者が変わるわけではない。論文発表からわずか6年でのノーベル賞受賞が、学術的価値の大きさを物語っている。

 ただ、iPS細胞が再生医療や創薬といった医療応用への期待が高いことを考えると、事情は変わってくる。実際に人間の治療や薬の開発に使われるのは、マウスではなくヒトの細胞だからだ。

 ヒトiPS細胞の作製に関わる基本特許を営利目的の企業、しかも海外企業に奪われれば、日本の企業や研究機関は高い特許使用料を支払う必要が生じる可能性がある。これは、iPS細胞の実用化の遅れや、患者の負担増につながりかねない。

 結果から言うと、京都大と海外企業との間で泥沼の特許紛争に発展する恐れさえあったこの問題は、既に解決している。

 バイエル薬品が出願していた特許は、iZumiバイオという米バイオベンチャーを経て、同社と合併してできた別の米バイオベンチャー、アイピエリアンに権利が移った後、2010年に英国で成立した。しかし、2011年2月、アイピエリアンが京都大に特許を無償譲渡し、京都大が同社に特許使用を許諾する形で事態は決着した。アイピエリアンは、京都大が出願していた特許が2008年に日本国内で先に成立したことなどから、数億円単位の費用がかかる係争を避けたのではないかと推測される。ちなみに、桜田氏は現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所に在籍している。

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「iPS細胞、知られざる“特許攻防”と科学立国への課題」の著者

田中 深一郎

田中 深一郎(たなか・しんいちろう)

日経ビジネス記者

日経新聞科学技術部、証券部を経て、2012年4月より日経ビジネス記者。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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