• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

世界で「知の競争」に勝つには、ドラッカーを読んでいるヒマはない

第1回: 世界中で進む「経営学の科学化」

2012年12月11日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 米ニューヨーク州立大学バッファロー校で助教授を務めている筆者は先月、『世界の経営学者はいま何を考えているのか(以下、「世界の~」)』という本を上梓しました。この本では、米国を中心とした海外の経営学で、今どのような最先端の研究がなされ、どのような知見が得られているかを、日本のビジネスマンの方に興味を持ってもらえそうな話題に絞りエッセー風に紹介しています。幸いなことに、今のところ多くの方から好評をもって迎えられているようです。

 しかし実は執筆時には構想していたものの、その本ではどうしても、面白くても書きれなかった話題がいくつか残っていました。日経ビジネスオンラインのこのコラムで数回にわたって、本とは別の切り口から「世界の経営学のフロンティアの知」を紹介していきたいと思っています。

 とはいうものの、この第1回と次回だけは研究の話題ではなくて、「なぜ米国の経営学者はピーター・ドラッカーを読まないのか」という話題をとっかかりにして、みなさんの多くが恐らくご存じない、「米国のビジネススクールが解決できていない課題」について、私論を交えてお話しようかと思います。

ドラッカーもジム・コリンズも学者は「スルー」

 「世界の~」の第1章で、私は「米国の主要なビジネススクールにいる教授の多くは、ピーター・ドラッカーの本をほとんど読まない。ドラッカーの考えにもとづいた研究もまったく行われていない」と書きました。この部分に、私が思っていた以上に大きな反響をいただきまして、いまだに「本当なんですか」と聞いてくる方もいらっしゃいます。

 もちろん、これは事実です。米国の経営学研究の最前線にどっぷりつかってきた私が見た実態です。

 そもそも私自身、実はドラッカーの本をほとんど読んだことがありません。

 もちろん色々なメディアを通じてドラッカーの名言はいくつか知っていますし、お気に入りの名言もあります。しかし、ドラッカーの本は私の研究室の書棚には一冊もありません。念のため、さきほど何人かの同僚のオフィスを見せてもらったのですが、やはり彼らの書棚にもドラッカーの本はありませんでした。

 この際だから告白してしまいますが、日本のビジネスマンに有名なジム・コリンズの「ビジョナリー・カンパニー」も私は読んだことがありません。おそらく私だけではなく、アメリカのビジネススクールの研究者の中でも、「ビジョナリー・カンパニー」を重宝して読んでいる人はそう多くはないのではないでしょうか。仮にそれなりの数の人が読んでいても、少なくとも「ビジョナリー・カンパニー」をもとに研究をしている、という経営学者はほとんどいないはずです。

 ここで私は、ドラッカーがダメだとか、意味がないとか言いたいわけではありません。というか、そもそもろくに読んだことがないのですから、批判する資格はないのです。

 これだけ多くの人が注目するのですし、私自身もドラッカーの名言は好きなので、「ドラッカー本」はきちんと読めば素晴らしい本なのでしょう。日経BP社が翻訳書を出版しているジム・コリンズの「ビジョナリー・カンパニー」シリーズも多くの日本の経営者に影響を与えているようですので、米国で学者が読んでいようがいまいがそんなことは関係なく、「実践への示唆を与える優れた啓蒙書」という意味で素晴らしい本なのだろうと思います。

コメント12件コメント/レビュー

経営学の場合、新しい理論を構築すること、またそれが広まること自体が世の中の「理」を変えるので、永遠に適用できる理論というものが存在し得ません。自然科学とはここが決定的に異なります。経済学も同じく。同じ理由で、反証可能性や再現性を絶対的な拠り所にする自然科学と同じアプローチは不可能です。コラムで述べられている「経営を科学する」とは、この違いに目をつぶり、「経営を科学にするのだ」と言っているようにも聞こえます。だとすれば、自然科学の立場にいる者からすればへそで茶が湧きます。12/15のコメントにもあるように、自然科学とは全く別種のアプローチが必要でしょう。これで「経営学研究の競争に勝つためには」などという台詞まで出てきた日には、「単に論文のための研究だと言うことですなぁ」などと皮肉の1つも言いたくなります。論文を書く暇があったら、その理論が正しいことを「実証」されては如何でしょうか。(2012/12/16)

「米国発 MBAが知らない最先端の経営学」のバックナンバー

一覧

「世界で「知の競争」に勝つには、ドラッカーを読んでいるヒマはない」の著者

入山 章栄

入山 章栄(いりやま・あきえ)

早稲田大学ビジネススクール准教授

1996年慶応義塾大学経済学部卒業。98年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。2008年、米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号(Ph.D.)を取得、米ニューヨーク州立大学ビジネススクール助教授を経て現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

経営学の場合、新しい理論を構築すること、またそれが広まること自体が世の中の「理」を変えるので、永遠に適用できる理論というものが存在し得ません。自然科学とはここが決定的に異なります。経済学も同じく。同じ理由で、反証可能性や再現性を絶対的な拠り所にする自然科学と同じアプローチは不可能です。コラムで述べられている「経営を科学する」とは、この違いに目をつぶり、「経営を科学にするのだ」と言っているようにも聞こえます。だとすれば、自然科学の立場にいる者からすればへそで茶が湧きます。12/15のコメントにもあるように、自然科学とは全く別種のアプローチが必要でしょう。これで「経営学研究の競争に勝つためには」などという台詞まで出てきた日には、「単に論文のための研究だと言うことですなぁ」などと皮肉の1つも言いたくなります。論文を書く暇があったら、その理論が正しいことを「実証」されては如何でしょうか。(2012/12/16)

経営学も経済学もいまだ科学と呼べる段階まで進歩していないと思います。だから科学になろうとしているのだと思いますが、かつての自然科学が宗教的な思想の上に構築しようとしていたのと似ていると感じました。自然科学の思想の上に経営学を構築しようとしているようです。しかし、それでは永遠に科学になれないでしょうね。自然科学が宗教から決別して初めて現代科学になったのと同じだと思います。新しい経営学的な科学というものを見つける必要があります。自然科学の真似事をしているうちは無理でしょう。マネからは新しいものは出てこないからです。まあ、経営学者仲間の身内だけで仲良くやっているから通用するのでしょう。しかし、そこから出てきた成果が実践で使われないうちはダメだと自覚しないといけません。▽ドラッカーは不要かもしれませんが、科学史はすこし勉強されるといいと思います。(2012/12/15)

なるほど、ほとんどの研究大学の研究目的が「役に立たない?」論文生産で、正しい経営の追求ではないことがよくわかります、というか想定内ですが。知り合いのMBAホルダーたちも皆が皆、「ビジネススクールの授業は実戦の役には立たない」といっていますが、その理由が明白に語られていますね。ついでですが、そんなやり方では「経営学」は永久に「社会科学」にすらなれないでしょう。本物の科学畑にいる私から見ますと到底無理です。せいぜいが「経済学のマネごと」までが関の山と思います。ホントに安易に「科学」という言葉を使うのは罪作りですね。ところで、バブソン・カレッジの教授連もドラッカー読んでないんですか?←ここポイントですな(w(2012/12/13)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

組織を正しい方向に導き、 作り変えていける人が、優れたリーダーです。

ジェニー・ダロック 米ピーター・F・ドラッカー伊藤雅俊経営大学院学長