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日本を脱け出す“和僑”の気概

企業が逃すグローバル人材

2013年1月22日(火)

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 昨年11月から12月にかけて、「グローバル人材」というテーマの取材で中国を訪れた。上海と北京にそれぞれ4日滞在し、多くの人との出会いがあったが、中でも印象的だったのは現地に根を下ろして生活する日本人、「華僑」ならぬ「和僑」の人々だった。

日本企業を去るグローバル人材

 ここで言う和僑とは、既に自らの“本拠”を中国に移し、自ら事業をしたり、中国人と結婚したりしていて、現地に骨をうずめる覚悟で生活している人々だ。日系企業の現地駐在員などで3~5年程度をメドに日本に帰ることが前提の人は含んでいない。

 上海市に住む常松直志さんは36歳。5年前、大手電機メーカーを辞めて上海に移り住んだ。日本企業の抱える閉塞感に嫌気が差したからだ。

 「日本では夜中の1時頃まで働くのも当たり前でしょう。にもかかわらず、仕事の内容は日本より中国の方が面白い。日本の職場で働く気になれなくて…」

 常松さんは退職前、毎月のように上海と北京を出張で訪れ、工場の現場指導をする生活を送っていた。最重要拠点と言える中国で現場経験を積んだ以上、会社側としては貴重な人材だったことは間違いない。退職の意思を伝えた時、上司からは「昇進させるから辞めるな」と引き止められた。

 だが、見返りを提示されても、常松さんの意思は変わらなかった。

 「友人からは勇気がある決断だと言われた。でも現地で過ごす時間が長くなって生活の不安はなくなり、チャンスも日本にいるよりはるかに大きいと思った」という。常松さんは退職後、転職をしながら一貫して上海で働き続けている。

 常松さんのように、海外でビジネスをすることに恐怖心を抱かず、むしろ積極的に挑戦しようという日本人は少なからずいる。多くの企業がグローバル人材の育成をうたい、新興国などに多くの社員を送り出していることを考えれば、今後もそういった人材は増えていくだろう。

 だが、常松さんの話を聞いて、果たして日本企業はそういった人材にとって魅力的な職場たり得ているだろうか、という疑念も浮かんだ。

 ベルシステム24の小松健次副社長は「グローバルに仕事をする自信がついた人材が、日本企業を辞めていくようなケースは今後増えるだろう」と話す。自身も三菱商事の出身で、海外勤務後、年功序列の雰囲気が当時残っていた社内に嫌気が差し、ゼネラル・エレクトリックインターナショナルからの誘いに乗った。

 「それまでの経験から、外資でもやっていける自信があった。実力があれば年齢に関係なく活躍できる環境に魅力を感じた」と振り返る。

 人材がグローバル化するということは、同時に、これまで日本企業が大前提としてきた「長期雇用」などの制度から、人材が解き放たれることを意味する。年功序列的な人事登用は、海外人材が日本企業を敬遠する理由としてよく挙げられるが、別にそれは日本人であっても例外ではない。日本企業にグローバル人材を受け入れる度量と魅力がなければ、いくら育成に投資しても、結局は「養成機関」に成り果ててしまう。

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「日本を脱け出す“和僑”の気概」の著者

中川 雅之

中川 雅之(なかがわ・まさゆき)

日本経済新聞記者

2006年日本経済新聞社に入社。「消費産業部」で流通・サービス業の取材に携わる。12年から日経BPの日経ビジネス編集部に出向。15年4月から日本経済新聞企業報道部。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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