• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

鋳物一筋45年目のやりがい

定年を経ても海外工場で働ける喜び

2013年1月30日(水)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 入社45年目という大ベテランの社員に会った。クボタの機械鋳物製造課で働く清水晃行さんである。今はタイの若者に技術指導などをしている。

 昨年11月27日に還暦となり定年を迎えた。今は再雇用を経て、引き続きフルタイムで働いている。これほどの長い社歴の持ち主はグループに3万人近い従業員を抱えるクボタでも多くはない。入社(当時は久保田鉄工)は和歌山の中学を卒業した1968年(昭和43年)の春。会長兼社長を務める益本康男氏の方が年長(65歳)だが、大学卒業後の入社なので“後輩”となる。

タイで働くクボタの清水さん(右から2人目)と若い現地従業員たち

 清水さんは「訓練生」として3年間過ごした後、正式に職場に配属された。訓練生とは企業内訓練施設で学ぶ実習生のことだ。大手製造業ではかつて「金の卵」である中卒、高卒の若者を訓練生として大量に受け入れていた。

 清水さんがクボタの入社試験を受けたその日の夜遅く、人事部の若い社員は合格を伝えるためタクシーで自宅まで来てくれた。その頃住んでいた和歌山県田辺市は、大阪市からの交通の便が良くない。人事部社員の熱意に胸を熱くして入社を決めた。

「鋳物は粗材ちゃう。製品やで」

 15歳から働き始める若者たちを哀れに思い、高校進学への道を後押しする動きが盛り上がったのは数年後のこと。だが、訓練生の身は、本人にとって世間に同情されるようなものでもなかった。「放課後には柔道や剣道などの部活動もあったし、楽しかった。普通の高校みたいなもんやね」と振り返る。実際、訓練生たちは提携している高校のカリキュラムをこなして高卒の資格も手にしている。

 そして、清水さんの長い鋳物人生が始まる。今でこそ農機やエンジン、水道管など幅広く事業を展開するクボタだが、1890年の創業は鋳物メーカー(社名は大出鋳物)としてであった。

 鋳物は金属を溶解し、砂などで作った鋳型に流し込んで固めて作る。気温や湿度によって流し込むタイミングも微妙に異なる。自動化が進められるまでは長らく、経験と勘が重要な要素であった。

 クボタが恩加島事業センター(大阪市)に鋳物工場を移したのは1917年(大正6年)だから、その100年近い歴史のおよそ半分をともにしてきたことになる。清水さんが手がける鋳物の用途は何度か変わったものの、長く生産現場を歩んできた。

 鋳物はあくまで部品である。完成品メーカーは鋳物を「粗材(そざい)」と呼ぶこともある。深い意味はないだろうが、作り手にとってはあまり良い印象がしないネーミングである。そんな時、清水さんは声を荒らげて抗議してしまう。

 「うちの鋳物は粗材ちゃうで。ちゃんとした製品や」。鋳物一筋45年の男の矜持である。そんな清水さんに転機が訪れたのは2009年のことだ。

コメント1

「記者の眼」のバックナンバー

一覧

「鋳物一筋45年目のやりがい」の著者

上木 貴博

上木 貴博(うえき・たかひろ)

日経ビジネス記者

2002年に筑波大学を卒業し、日経BP入社。「日経ビジネス」「日経情報ストラテジー」「日経マネー」編集部などを経て、2016年4月から現職。製造業を中心に取材中。趣味は献血(通算185回)。相撲二段。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

意外なことに、伝統的な観光地が 訪日客の誘致に失敗するケースも 少なからず存在する。

高坂 晶子 日本総合研究所調査部主任研究員