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なぜ、私は総理に「脱原発依存」を進言したのか

政治は“博打”ではない。重要なのは「政策の戦略的自由度」

2013年3月18日(月)

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 東京電力福島第1原子力発電所の事故から2年。日本のエネルギー政策は、今も混迷の中にある。日本のエネルギー政策はどこへ行こうとしているのか。福島第1原発事故の際に内閣官房参与として事故対策に取り組んだ田坂広志氏(多摩大学大学院教授)が、原発を中心とするエネルギーの様々な問題について、インタビュー形式で答えていく。

 総理の特別顧問である内閣官房参与の立場にあった田坂氏は、なぜ総理に「脱原発依存」の政策を進言したのか。事故から2年が経過した今、改めて真意を語る。

2011年3月11日の東日本大震災と福島第1原子力発電所事故から2年が経ちました。

 この事故直後の3月29日、田坂教授は原子力の専門家として、当時の菅直人総理から協力を要請され、内閣官房参与に就任し、原発事故対策に取り組むとともに、原子力行政改革、原子力政策転換にも取り組まれました。

 2年を経て、改めて伺いますが、原発を推進する立場にあった田坂教授が、なぜ、菅総理に「脱原発依存」の政策を進言されたのでしょうか?

 当時、官邸にいた政治家や官僚の方々からの話では、菅総理のこの政策転換は、田坂教授の進言が大きな影響を持ったと伺っていますが。

「脱原発依存」の政策進言に込められた真意

田坂:たしかに、2011年7月13日に菅総理が行った原発政策転換の記者会見に向け、私自身、総理に「脱原発依存」の政策を強く進言したことは事実ですが、この2年間の報道を見ていると、多くの政治家、官僚、財界、メディアの方々が、誤解をされているようなので、改めて、私の真意をお伝えしておきたいと思います。

 私が菅総理に進言したのは、たしかに「脱原発依存」の政策ですが、その本当の意味は、「原発に依存しない社会」を目指す、という意味ではなく、「原発に依存できない社会」が到来する、という意味でした。

 すなわち、福島原発事故の後の社会状況と国民意識の変化を見るならば、たとえ「原発を推進したい」と考えても、不可避的に、「すべての原発を止めざるを得なくなる」と考えたからです。

 そして、不可避的に、この「原発に依存できない社会」が到来するならば、それに向け、いち早く、「脱原発依存」の政策と「国家エネルギー戦略」の政策を準備すべきだと進言したのです。

なぜ、「すべての原発を止めざるを得なくなる」と考えられたのでしょうか? 多くの国民が「原発は極めて危険なものだ」と感じたからでしょうか?

田坂:いえ、そうではありません。問題の本質は、「原発の安全性」ではないのです。

 なぜなら、たとえ「絶対に事故を起こさない原発」が開発され、多くの国民が「原発の安全性」について納得をしたとしても、このままでは、原発は止めざるを得なくなるからです。

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「なぜ、私は総理に「脱原発依存」を進言したのか」の著者

田坂 広志

田坂 広志(たさか・ひろし)

多摩大学大学院教授

1974年東京大学卒業、81年同大学院修了。工学博士(原子力工学)。米シンクタンク客員研究員などを経て、2000年多摩大学大学院教授に就任。2011年3~9月、東日本大震災に伴い内閣官房参与に就任

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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