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「思想の自由」がない限り中国の飛躍はない

『中国共産党と資本主義』第6章を読む(11)

  • ロナルド・コース

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2013年3月21日(木)

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 秦の始皇帝の「焚書坑儒」以降、中国の歴代王朝は人民に自由なアイデアの創出と伝達を許さなかった。反乱を怖れ、それを独占した。近代に入ってもその伝統は続き、国民党も共産党もアイデア市場を抑圧した。
 しかし、反乱の危険を抑える費用は、その利益をはるかに上回る。誤りや無知から試行錯誤して真実に近づくために、アイデアの自由市場が不可欠だ。
 『中国共産党と資本主義』のこの項は、抑圧されている「思想の自由」がない限り、中国の飛躍はないと断言する。

 中国にアイデア市場が出現するのを妨げる要因は、国家の干渉だけではない。歴史的事実として、国民党と共産党の支配下にあった中国の現代政治は、アイデア市場をまず受け入れたことはなかった。19世紀から20世紀にかけて、外からは西洋列強と対決し内では軍閥に蹂躙され、生き残りに必死だった中国に、初めて現われた現代の諸政党は、ともかくも国家の存続のことで頭がいっぱいだった。

 国民党と中国共産党は、ともに秘密の革命組織として誕生していたが、ほどなく擬似軍部と化していった。ロシア革命の影響を強く受けていた両党は、ややもすれば恐怖と暴力に訴え、規律と統制を重んじた。コミンテルン(第三インターナショナル)は1920年代に、中国共産党の創設と国民党の再建に直接かかわった。この歴史上の遺産が、中国における現代政党の発達に長く影響を残した。そのうえ両党の対立から、互いに恐怖と暴力を加えあうようになり、武力と圧政を用いる権威主義的な傾向に拍車をかけた。このような状況で、毛沢東の「政権は銃口から生まれる」という言葉は、中国政治の現実を端的に表わしていた。アイデア市場は上海租界や香港など、両党の権限が及ばない地域だけのものだった。

 おそらくは日本語からの翻訳の影響だろう、国民党も中国共産党も、中国語の「党」を自称した。中国の政治思想ではこの言葉にはきわめて否定的な意味合いがある。党利党略の政治は一貫して優れた統治と公益を害し、限られた集団の利益を推し進める、秘密主義の狡猾な勢力と見なされてきた。これは中国語の格言「結党営私」、文字どおりの意味は「私利を求めて結党すること」に示されている。伝統的な中国政治思想の「天下為公」(天下もって公と為す)つまり「天下は公民のものである」とは正反対だ。20世紀中国の政党政治の経験はこの政治原理の価値を否定はしなかったが、こうした政治的遺産は中国にアイデア自由市場をもたらす方法としての多政党間競争の良き前触れとはなっていない。

毛沢東の反右派闘争は統治能力を弱めた

 中国で政体がアイデアの創出と伝達を独占したのは、たいてい反乱を恐れてのことだ。秦の始皇帝は、自らの統治の脅威と考えた思想を弾圧するため、書物を焼き捨て(焚書)、何百人もの儒学者を生き埋めにした(坑儒)。だが唐詩にも詠われたように「坑灰いまだ冷えざるに山東乱る。劉項、元来書を読まず」(焚書坑の灰も冷めないうち山東で反乱が起こった。もともと本を読まなかった劉邦・項羽に秦は滅ぼされた)であった。

 毛沢東はこの詩を諳んじていたが、そんな歴史の警告をもってしても、1957年の反右派闘争を止められはしなかった。反右派闘争では何百万という人が迫害されたが、このアイデア市場の抑圧が引き起こした最大のダメージは、政権の統治能力を弱めたことだった。

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