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就活時点で日本は負けている

競争意識が半端ではない韓国

2013年4月19日(金)

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 サムスン、LG、現代――。日本でこれら韓国企業に関する報道を目にしない日は少なくなった。電機業界や自動車業界では、世界中で韓国企業の存在感が高まっている。数年前まではキャッチアップが中心で独自技術の開発力は低いと指摘されてきたものの、現在はスマートフォンや有機ELなど日本企業よりも先行する製品・技術分野が存在する。

 今後、日本企業が世界で戦っていくには、スピード感と決断力に長けた経営体質を構築した韓国企業の長所を真摯に学ぶ必要があるといえる。そこで今回から、ホンダとサムスンという日韓企業で勤務した筆者の経験をベースに、個々の事例からどのような状況に直面し、それに対してどのように対処してきたか、あるいは逆境と挫折に対してどのように挑み、克服してきたかを紹介する。現代におけるグローバル社会での行動指針の参考にしてもらいたい。

 まず初めに筆者の簡単な略歴を紹介させていただく。1978年にホンダに入社し、26年4カ月間、技術開発と研究開発に従事した。それぞれの部門で成果を出しながら技術の本質とは何か、そして研究開発におけるエンジニアの魂とは何なのかを体得した。

 2004年9月に、サムスングループの一角を成すサムスンSDIへ常務として移籍した。移籍した理由は連載の中で明らかにするが、同社の中央研究所での5年間は役員としての研究開発経営、その後の3年4カ月間は経営戦略部門で新たなビジネスモデルを構築する陣頭指揮を執った。

 サムスンSDIでは、韓国企業の研究開発に対する考え方を直接知る機会を得た。日本流の開発スタイルが韓国ではまったく通用しないことに驚きながらも、研究開発を指揮した自負はある。一方で、日本企業と協業しながら気付いたのは、自ら考え行動することで異次元の文化をもつ人達と、いかに伍して自身の立ち位置を創るか、そしてさらに周囲をいかに引きこむかというビジネススタイルの重要性である。

 第1回目となる今回では、4月ということもあり“就活”をテーマに取り上げたい。私自身のホンダでの入社経緯を紹介しながら、日本と韓国の就活事情について考えてみたい。

やりがいを重視する日本

 「やりがい」「年収」「企業のブランド力」「勤務地」「福利厚生」……。学生が就職活動で志望企業を絞り込む優先順位は人それぞれだろう。だが、理工系学生に限ってみると、いまだに大多数は技術者としてのやりがいを優先するのではないだろうか。自らの専攻や研究テーマに近い企業を選ぶのが一般的な流れといえよう。

 実際、筆者が就職活動した際もそうだった。実は大学院時代の専攻は化学系であり、就職先の第1希望はもちろん化学業界だった。しかし、1973年に始まったオイルショックの影響は大きく、化学メーカー各社は採用数を縮小しているばかりか、中には採用そのものを見合わせるところもあった。

 とはいえ、就職口は確保しなければならないため、化学業界以外にも目を向けることにした。理系の大学院生にとって、就職活動は企業から送られてくる「指定校推薦」を活用するのが当たり前の時代。その中の1社がホンダだった。自動車業界は第1希望ではなかったが、化学業界への就職難という時代だったことで、ホンダと運命の出会いを果たしたわけだ。

 当時のホンダは有名企業の1つだったが、それだけでは志望企業として決断できない。お決まりだが、企業研究を進めていった。実際、調べてみると、就職先の候補としてホンダは興味深い企業だった。

 中でも創業者である本田宗一郎氏については、関連書籍やマスコミなどへの発言から共感する部分が多かった。具体的には、「得手に帆上げて」、「能ある鷹は爪を出せ」、「会社のためにではなく自分のために働け」、「技術論議に上下関係はない」といった同氏の考えは、当時の日本企業では耳にしないことばかり。むしろ、真逆といえる考え方だった。学生時代の筆者が、こうした自由な社風に惹かれていったのは言うまでもない。

 さらには、勤務地の多くが埼玉県など首都圏であること、世間的に知名度が高いこと、海外で活躍できる可能性があること、という3点も大きな魅力だった。これらの理由から、最終的に指定校推薦を活用しホンダを志望することを決断した。

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「就活時点で日本は負けている」の著者

佐藤 登

佐藤 登(さとう・のぼる)

名古屋大学客員教授

1978年、本田技研工業に入社、車体の腐食防食技術の開発に従事。90年に本田技術研究所の基礎研究部門へ異動、電気自動車用の電池開発部門を築く。2004年、サムスンSDI常務に就任。2013年から現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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