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実は日本陸軍は火力で劣ってはいなかった

2013年5月7日(火)

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[一般のイメージ] 日本陸軍は、大砲の性能や数の面で非常に劣勢であった上に、砲弾も不足していたため、会戦に勝利してもロシア軍に大打撃を与えることができなかった。
←日本陸軍の砲兵に様々な問題が存在したのは事実だが、そうした事情はロシア側にも共通していた。

 19世紀末から20世紀にかけて、技術の急速な進歩とともに兵器も長足の進歩を遂げた。大砲については、1897年にフランスが「砲身後坐式」と呼ばれる新型の大砲を開発した。

 従来型の大砲は、砲架(大砲の台座)が射撃時の反動で後方に大きく動く。そのため、1発撃つごとに大砲を押して元の位置に戻して、照準をやり直す必要があり、1分間に1発程度しか発射できなかった。それに対して、砲身後坐式の大砲は、砲身の下に付けられたシリンダーで射撃の反動を緩和するので、砲架それ自体は動かない。したがって、照準をやり直す必要がなく、連続射撃することが可能であった。

大砲の性能~ロシア軍も砲身後坐式の大砲は一部にとどまった

 ロシア軍が装備していた1902年式野砲(口径76.2ミリ)は、この砲身後坐式を採用していたため、毎分10~12発というペースで射撃できた。それに対して、日本軍の31年式速射砲(口径75ミリ)は、後方に動いた大砲をバネの力で元の位置に戻す装置を備えていた点では従来型よりも進歩していた。しかし、照準のやり直しが欠かせなかったため、射撃速度は毎分3発にとどまった。最大射程の面でも、1902年式野砲の8500メートルに対し、31年式速射砲は6500メートルと短かった。

 以上の数字を見ると、大砲の性能面で日本が大きく水をあけられていたように感じる。しかし、ロシア軍の内情はそれほど立派なものではなかった。1902年式野砲は、従来型の1900年式野砲を改良して砲身後坐式としたものである。日露戦争時のロシア砲兵では、新型の1902年式野砲はそれほど多くなく、中心戦力は1900年式野砲と旧式の1877年式野砲であった。ロシアはなまじ大陸軍を有していたために、装備の更新に時間がかかったのである。一方の日本は、31年式速射砲への全面更新が完了していた。

 1900年式野砲と比較すると、日本の31年式速射砲は、前述のバネ装置のおかげで射撃速度では若干上回っていた。また、戦争中の改良で最大射程を7800メートルに伸ばしたことで、射程面での不利も小さくなっていた。

 日本陸軍が、戦争開始後に1902年式野砲の高性能に驚き、慌てて砲身後坐式の大砲をドイツに発注したのは事実である(結局、戦争には間に合わなかった)。しかし、戦場に投入された大砲の平均値を見ると、日本はロシアとほぼ互角だったと見るべきだろう。

コメント2件コメント/レビュー

お話はとても興味深いのですが、出典をご明示いただければ幸いです。もしも一次史料を分析されたのたのであるなら、その資料名もお示しください。よろしくお願い致します。(2013/05/07)

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「実は日本陸軍は火力で劣ってはいなかった」の著者

樋口 晴彦

樋口 晴彦(ひぐち・はるひこ)

警察大学校教授

危機管理、リスク管理に関して広い知見を有し、特に企業不祥事の研究では第一人者。また、戦国時代、日清・日露戦争、第二次世界大戦などの戦史をマネジメントの観点から分析。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

お話はとても興味深いのですが、出典をご明示いただければ幸いです。もしも一次史料を分析されたのたのであるなら、その資料名もお示しください。よろしくお願い致します。(2013/05/07)

クルップが驚異的な高性能砲と砲弾を開発し、普仏戦争でナポレオン以来のフランス陸軍を一方的に打ち破ったことが思い浮かばれる。鋼鉄砲は射程距離と命中率で他を圧していたのである。安全性を考えて青銅砲が当時の主力だった。面白いことに19世紀までのクルップ家はドイツ国家第一主義ではなく、家業繁栄と従業員第一の会社だった。プロシャ陸軍を第一顧客としながらも、最先端でない大砲はロシアトルコアメリカなどにも輸出した。さすがにフランスだけには売らなかったが。第一次世界大戦でもクルップ砲は威力を発揮したが、おどろくことに敵側の大砲もクルップ砲の流れを汲んでいて、普仏戦争のように一方的勝利とはいかなかった。 本文でドイツに砲を求めたというのはクルップのことであろう。(2013/05/07)

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