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実は無能ではなかった第三軍司令部

2013年5月21日(火)

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[一般のイメージ] 日本陸軍は、第三軍司令部の硬直した指揮により、堅固な旅順要塞に対して無謀な白兵突撃を繰り返して多大の損害を受けた。 ←第三軍司令部は合理的な指揮をしたが、敵の塹壕陣地を攻撃すれば、あの程度の損害を受けるのは当然であった。

 小説「坂の上の雲」の影響で、旅順要塞については、全体を分厚いコンクリート(フランス語でべトン)で覆った近代要塞というイメージが定着している。しかし、要塞の建設工事が終了するのは1909年の予定で、当時は工程の半分も進んでいなかった。そのためロシア側では、開戦後に大慌てで防御施設を整備する有様だった。

 旅順要塞の主防衛線は、周囲の丘陵に20キロメートルにわたって設置されていた。しかし、そのうちコンクリートで固めた半永久堡塁は8カ所にすぎなかった。それ以外の堡塁の多くは、塹壕の上に掩蓋(ルビ:えんがい)(敵弾を防ぐために木材や土嚢で作った屋根)を被せた急造陣地だった。堡塁と堡塁の間も普通の塹壕でつないだだけであった。

塹壕戦で大量の犠牲はやむを得ない

 読者は、「塹壕程度の防御施設で日本軍にあれだけの損害を強いたのか?」と驚いたことだろう。しかし、「塹壕程度」でも十分に強靭である。その10年後の第一次大戦では、両陣営が多大の犠牲を払いながら、ついに塹壕戦の膠着を打開できなかったことを思い出していただきたい。

 機関銃で武装した兵士が塹壕に籠っていれば、それだけで極めて強力な防衛線となる。守備側がとんでもないポカをした、あるいは戦意を喪失していたなどの特殊な事情がない限り、攻撃側に多大の死傷者が発生するのは当然なのだ。

 1904年8月に日本軍が実施した第1回総攻撃は、死傷者数がロシア軍の6000人に対し、日本軍は1万6000人という惨憺たる失敗に終わった。しかし、第三軍司令部が無為無策だったわけではない。

 総攻撃に先立つ準備砲撃では約11万発もの砲弾を撃ち込み、ロシア陣地に相当な被害を与えていた。この11万発という数字は、開戦前に日本側が備蓄していた砲弾の2割に相当する。第三軍としては、ありったけの砲弾を撃ち込んだが、それでも足らなかったというわけだ。

 第三軍司令部は、第1回総攻撃の失敗から教訓をくみ取るのも早かった。要塞前面の遮蔽物のない空間を進撃する際に大きな損害を受けたことを踏まえ、こちらも塹壕を掘って要塞に接近する対壕作戦に切り替えたのである。

 10月に実施された第2回総攻撃も失敗に終わったが、日本軍の死傷者数は4000人で、ロシア軍の5000人を下回った。ロシア陣地の数十メートル手前まで塹壕を掘り進め、敵の射撃に身を曝す時間をできる限り短くしたことで、日本側の損害は大幅に減少した。

 旅順要塞は、建設費用を削減するために、主防衛線を旅順港直近に設定していた。つまり縦深性がないので、この主防衛線を敵に突破されると後がない。そのため、日本軍に堡塁の一部でも奪われると、すぐに予備隊を投入して白兵戦で奪い返すという対応をせざるを得なかった。包囲下にあって兵士の増援を受けられないロシア側が、こうした消耗戦をいつまでも続けられないことは明白だった。

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「実は無能ではなかった第三軍司令部」の著者

樋口 晴彦

樋口 晴彦(ひぐち・はるひこ)

警察大学校教授

危機管理、リスク管理に関して広い知見を有し、特に企業不祥事の研究では第一人者。また、戦国時代、日清・日露戦争、第二次世界大戦などの戦史をマネジメントの観点から分析。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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