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人事異動を本人に任せるホンダ、昇進が最大目標のサムスン

技術者のキャリアアップにおける両社の違い

2013年7月18日(木)

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 グローバル社会での昨今の動きを見ると、業種に関わらず個人のキャリアに重要な価値があることを認識させられる。日本においても、終身雇用という考えが徐々に薄れつつあり、優れたキャリアを持った技術者が転職をすることは決して珍しくなくなった。優秀な人材が流動することで、結果として企業が発展するケースも多くある。結局は「企業は人なり」ということなのであろう。

 『日経ビジネスオンライン』の中にも「サムスンに多くの転職者を出した日本メーカーは?」という興味深い記事がある。同記事は、日本に出願された特許情報を分析することで、サムスンに転職した技術者の出身企業や得意分野を特定したもの。サムスンの技術発展には、日本の技術者が大きく貢献したことを明らかにしている。その中の一人が私なのだが、技術者として複数の企業に貢献できたのなら、それはキャリアとして誇れるものだと考える。

 私の技術者としてのキャリアは、これまでの連載でも断片的に記してきた。第4回で紹介したように、ホンダにおける技術論議で本質を真剣に議論し、結果としては腐食問題の解決に貢献した。前回の第6回ではホンダの基礎研である当時の和光研究センターに異動し電池研究室を立ち上げ、電気自動車と電池開発に最初から関わった自前主義の事例について触れた。

 筆者は、事業の最も下流における現場のエンジニアから、ホンダの最も上流の基礎研に異動した。キャリアという点では、ホンダ時代に順調に積み上げたと言える。私のキャリアアップの裏には、ホンダが持つ思想が明確に表れているように思う。今回はキャリアアップという視点で考察し、ホンダとサムスンの比較分析を行ってみたい。

会社にいながら博士号を取得

 鈴鹿製作所に在籍していた1986年のことだ。上司のT工場長にこう言われた。「佐藤君、腐食問題の解決はご苦労様。研究開発のために欧米のどこかに留学してもいいよ。鈴鹿の社員だけでも1万人いる中で、1人ぐらいそういう人がいてもいいから」。欧州は馴染みもあり好きだったので。その時はドイツにでも留学をしようと考えた。

 しかし、ホンダの文化では留学など似合わない。本田宗一郎の現場、現物、現実の三現主義には、学術研究や留学などが伴わなくても、技術開発を推進できる力を備えているからだ。これは私自身も承知していた。仮に3年ほど留学して博士号を取って戻ったとしても、上司は変わっているだろうし、席もあるかどうか分からない。さらには、どんな仕事をするのかも読めずリスクが大きいと判断した。

 そこで考えたのは日本の論文博士制度の活用である。企業内研究でも研究成果を積み上げ審査を経て博士号が取得できる制度。これなら勤務時間帯は技術開発業務に携わり、研究論文は夜や休日を使って行えば仕事を犠牲にすることはない。これを提案し、結局は認められることになる。

 当時、いろいろな企業の幹部や技術者と協業・交流をしていた。その方々から紹介を受け、結局、東大の応用化学部門で論文の面倒を見てもらうことになった。私の研究分野の最大の理解者は東京大学生産技術研究所の増子曻所長だったが、所長という大学経営側の立場では審査の主査はできないとのこと。増子所長には副査になっていただき、今は亡き本郷の内田安三教授(後に長岡技術科学大学学長)が主査、他の3人の教授に副査をお願いした。

 もともと原著論文の数は規定数の10編以上を持っていたため、わずか1年ほどで工学博士の学位がいただけた。1988年7月に正式に授与されると、9月の本田技研工業創立記念式典で特別表彰を受けた。これは学位をとったこと自体ではなく、確立した多くの技術が量産製品へ適用されて会社への貢献があったという判断基準だった。

 この時点では上司はO工場長に代わっていたが、このような活動に理解を示してくれていた。ホンダでの業務を通じて学位を取得したのは過去3人で、私は歴代4番目となった。第1号は私がホンダの中で尊敬していた1人、当時の八木静夫特別顧問(CVCCエンジンの開発トップ、2013年他界)であり、後に激励の言葉をいただきながらお酒を共にする機会も増えていった。

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「人事異動を本人に任せるホンダ、昇進が最大目標のサムスン」の著者

佐藤 登

佐藤 登(さとう・のぼる)

名古屋大学客員教授

1978年、本田技研工業に入社、車体の腐食防食技術の開発に従事。90年に本田技術研究所の基礎研究部門へ異動、電気自動車用の電池開発部門を築く。2004年、サムスンSDI常務に就任。2013年から現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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