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お祭りか、真剣勝負か

“交流戦時代”の「球宴」を巡る永遠の議論

2013年7月19日(金)

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 セパ交流戦が行われるようになって、オールスター戦の影が薄くなったと言われる。廃止を唱える声もチラホラ聞こえてくる。

 セパの2リーグ分立の翌年、1951年から始まったこのイベント。様々な問題をはらんではいるが、盛夏の球界を盛り上げる話題も数多く残してきた。斬新な改革が求められるが、何とか長く続けてほしい。

 球宴には伝説化した出来事がいくつもある。とりわけ印象的だったのが「江夏の9連続三振奪取」である。

 71年、西宮球場での第1戦に先発した全セの江夏豊(阪神)は規定いっぱいの3イニングを投げ、全パの猛者9人をすべて三振に仕留めた。9人目の加藤秀司(阪急)が一塁ベンチ上へファウルフライを打ち上げた時、江夏が捕手の田淵幸一(阪神)に向かって「捕るな」と叫んだと伝えられた。

 この話は、仕切り直しで三振を取るという、三振奪取王の気概を示すエピソードとして信じられている。試合後の会見で「捕るな」を否定しなかったので、その通りの記事になった。だが、江夏は後にスタンドに入るのが分かり切っていたので「追うな」だったと明かした。「捕るな」の方でインパクトが強い。お祭りらしいサービスだった。

 「9連続」で目立たなくなったが、江夏はこの試合で「投打二刀流」を披露していた。二回、右翼最上段へ3ランを放ったのだ。93年からは球宴でも全試合で指名打者制が採られるようになった。3イニングを投げる投手もいなくなり、今では望むべくもない快記録になった。

 さらに、この試合で全セは江夏の後に渡辺秀武(巨人)、高橋一三(巨人)、水谷寿伸(中日)、小谷正勝(大洋)とつなぎ、全パをノーヒットノーランに封じた。計16三振奪取とともに、今も球宴記録として残っている。

8連続奪三振も江川は「もう無理」と達観

 熱い江夏に比べてクールだったのは「8連続でストップ」の江川卓(巨人)だった。

 84年、ナゴヤ球場での第3戦。四回から2番手で登板した江川は四、五両回とも3者連続三振に打ち取った。六回も伊東勤(西武)、クルーズ(日本ハム)から三振を奪い、江夏以来の「9連続」への期待は高まった。

 しかし、9人目の大石大二郎(近鉄)を2球で2ストライクに追い詰めながら、3球目の外寄りカーブをチョコンと合わされて二塁ゴロ。まるで完全試合を逃す安打を打たれたようなどよめきが場内から起こった。

 「カーブで外へはずしてから、速球で勝負するつもりだった。そのカーブがストライクになった」と江川。「最後が振り回す打者だったらなあ」と残念がったものの、再度挑戦をけしかける声には「もう無理でしょうね。まあ、いい思い出になりました」。当時29歳ながら、引退前の投手のような口調だった。

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「お祭りか、真剣勝負か」の著者

浜田 昭八

浜田 昭八(はまだ・しょうはち)

スポーツライター

アマからプロまで野球一筋半世紀という超ベテランのスポーツライター。現場取材にこだわり続けて、今日も記者席から白球を追う。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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