• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

「はだしのゲン」を巡る「図書館戦争」に思う

2013年9月5日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 8月半ば、漫画家・中沢啓治氏(故人)の代表作『はだしのゲン』が、昨年末から松江市立小中学校の図書館で「閉架」(オープンな書棚に並べず、自由に閲覧できない)の状態にあることが一斉に報じられた。市の教育委員会が閲覧制限を求めたのに応えた措置とのことだ。

 学校附設のものながら、公共の図書館が外圧によって蔵書の扱いを変えた。こうした「事件」が起こるたびに、「図書館」というものの機能と役割について考えさせられる。

 図書館はあらゆる外圧からの独立を守られるべきである。これが、記者の立場だ。今回の事件を、日本社会の右傾化を象徴する出来事として捉える向きが多い。だが、今回の圧力が、たまたま、どちらかと言えば政治的に「右」に位置する立場からのものだっただけだ。公共図書館は、政治的な立場の左右にかかわらず、常にこうした外圧にさらされて来た。

 例えば、2001年、政治的にはまるで「逆」の事件が起こっている。千葉県船橋市西図書館において、司書資格を持った職員が、個人的な政治理念に基づいて「新しい歴史教科書をつくる会」会員らの著作を廃棄処分にしてしまったというものだ。関係者は処分され、蔵書は復元された。職員による行為ではあるが、こちらは、どちらかと言えば(内部職員によるものだが)「左」からの力によるものだった。

 「はだしのゲン」の閉架を求めた立場に対しても、「新しい歴史教科書をつくる会」関係者の著作を廃棄した立場についても、ここでは同意も不同意もしない。それぞれの著作に、(ある政治的な立場から見たら)どんな「史実」の誤謬があるのかについても議論するつもりはない。

 理由は簡単だ。内容いかんに関わらず、図書館の蔵書収集の自由は守られるべきと考えるからだ。

「内容いかんに関わらず」に例外はない

 内容いかんに関わらず、と書いたのは「政治的」な意味だけではない。2008年、大阪府堺市立図書館では、男性同士の恋愛をテーマにしたいわゆる「BL(ボーイズラブ)小説」について、これを図書館に置いておくべきか廃棄すべきかという議論が起こった。廃棄派は過激な性描写を含むBL小説を「有害図書」であるとして排除を求め、ジェンダー論の立場からは性的マイノリティを排除することの危険性が訴えられた。この騒動に対する記者の立場も同じだ。有害か無害か、性的マイノリティの権利が守られるべきかどうかという議論に個人的な意見はあるが、それとは一切かかわらず、司書が収集した図書はあらゆる圧力から守られるべきである。

 そうは言っても、有害愚劣な図書というものはあるだろう、という反論があろうかと思う。例えば1996年、ある団体が、静岡市立図書館に対して、所蔵する『タイ買春読本』という書籍を廃棄するよう要請を出して議論を呼んだ。海外での買春を指南するような内容ゆえ、倫理的、社会通念的に公序良俗に反するかどうかで言えば「反する」のは確かだろう。だが、たとえこうした内容の書籍だったとしても、図書館がひとたび収集した図書であれば守られるべきだという意見は変わらない。

コメント14件コメント/レビュー

この筆者には、純粋と云うより幼稚さを感じる。子供と大人が混在して利用する公共の図書館ゆえに、購入しても閲覧制限をかける図書が存在するのは当たり前。いや、これこそが子供に対する大人の責任であり、知恵でもある。情けないのは「ハダシのげん」騒動もメディアの恣意によるもので、内容が逆に筆者のいうところの右で、圧力が左からあって閲覧制限がかかったのであれば、メディアは見て見ぬふりをして騒動に発展しなかったことは明白。ここにこそ今の日本における問題の本質がある。(2013/09/05)

「記者の眼」のバックナンバー

一覧

「「はだしのゲン」を巡る「図書館戦争」に思う」の著者

池田 信太朗

池田 信太朗(いけだ・しんたろう)

日経ビジネスオンライン編集長

2000年に日経BP入社。2006年から『日経ビジネス』記者として、主に流通業界の取材に当たる。2012年『日経ビジネスDigital』のサービスを立ち上げて初代編集長、2012年9月から香港支局特派員、2015年1月から現職

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

この筆者には、純粋と云うより幼稚さを感じる。子供と大人が混在して利用する公共の図書館ゆえに、購入しても閲覧制限をかける図書が存在するのは当たり前。いや、これこそが子供に対する大人の責任であり、知恵でもある。情けないのは「ハダシのげん」騒動もメディアの恣意によるもので、内容が逆に筆者のいうところの右で、圧力が左からあって閲覧制限がかかったのであれば、メディアは見て見ぬふりをして騒動に発展しなかったことは明白。ここにこそ今の日本における問題の本質がある。(2013/09/05)

「はだしのゲン」の閲覧停止をめぐる問題は結局よくわからない状態で報道は終わってしまいました。今回のコラムを読んで、現実に図書館数が少ないことも問題ですが、公共図書館を運営している人が「司書」である場合が少ない、という事実になにも触れていない点を不満に思いました。国内に「司書」という資格保持者は多いですが、図書館を運営する立場にいて司書資格を持っている方は少ないです。正規職員の図書館勤務者は、一部自治体を除き、地方公務員が順次異動してきます。昨日まで市役所の窓口などにいた方が異動で図書館正規職員になります。実際に実務を知っているのは非正規職員で、仕事内容を正規職員が非正規職員から教えられるのです。ちなみに、非正規職員の司書資格保有率は高いことが多いです。図書館員倫理綱領も図書館の自由宣言も知らない方がトップで、弱い立場の方が知っているというこの逆転現象。このような実態が、「はだしのゲン」の閲覧停止のような問題を起こしたのではないでしょうか。現在「司書資格」をとっても正規の「司書」にはなれません。何とか狭き門の地方公務員の一員となり、異動願いを出してようやく図書館に配属されるのです。うまく図書館に配属されても何年か後には異動させられますが・・・。有川浩先生の「図書館戦争」では司書資格がとても重要に描かれていましたが、現実は違います。(2013/09/05)

図書館の充実、司書の尊重はそれ自体重要だが、小中学校の図書館にはだしのゲンを置くことを図書蔵書の自由と関連付けて論じることには無理があると思う。小中学校の図書館は児童・生徒の健全な発育のために良いと思われる良書を置けばよく、現実世界の多様な実情に触れさせる場ではない。そもそも学校に漫画を置くことに違和感を覚える。鉄腕アトム、サザエさん、キャプテン翼、ドカベンなども揃えるとか、はだしのゲンとのらくろを並べて置くなら、それもありと思う。が、それこそ公立図書館を充実させればよく、わざわざ小中学校の図書館におく必要はない。公立小中学校に置く「良書」が何であるかは色々な意見があろうが、漫画に限らず、不適切な内容が含まれているなら敢えて置く必要はないというのが、極めて常識的な判断である。左右いずれからにせよ、政治的意図により教育委員会や学校長の判断がゆがめられてはならない。一方で、「内容の適切さ」については、漫画業界も後発のゲーム業界に倣って、年齢別の視聴ガイドラインをつくれば良いと思う。(2013/09/05)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

組織を正しい方向に導き、 作り変えていける人が、優れたリーダーです。

ジェニー・ダロック 米ピーター・F・ドラッカー伊藤雅俊経営大学院学長