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シェア1位を奪われた原因はコストではなく慢心

半導体、液晶、薄型テレビが歩んだ道をリチウムイオン電池も進むのか(上)

2013年10月3日(木)

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 半導体(DRAM)や液晶ディスプレー、薄型テレビ――。韓国サムスングループを語る上で必ず話題に上るのが、かつて日本企業が栄華を誇っていた産業分野で同社がトップに上り詰めたことだ。筆者が2004年9月に赴任したサムスンSDIが手がけていたリチウムイオン電池事業もその1つ。当時の民生用リチウムイオン電池市場のシェアは、三洋電機(当時)、ソニー、松下電池(当時)に次ぐ世界4位だったが、現在は世界首位の座を堅持している。

 サムスングループが手がける事業が、日本企業のシェアを奪っていることは数多くのメディアが報じているが、実際にサムスン社内ではどういった戦略が採られていたかは知らない読者の方が多いと思う。本コラムでは2回にわたり、なぜサムスンSDIが、日本発祥のリチウムイオン電池で首位に躍り出たのかについて、実際に同社内で技術経営に従事した立場から分析してみたい。

部材メーカーとの関係を改善

 筆者がリチウムイオン電池や燃料電池、太陽電池といったエネルギー関連の技術経営担当の常務として赴任した2004年9月。まず驚いたのが、日本の部材メーカー各社が研究開発やビジネス創出のためにサムスンSDIを訪れていたにもかかわらず、協業関係がまったく確立されていなかったことだ。

 実際、赴任して1カ月後には次のような場面に遭遇した。日本のある商社がある材料メーカーを連れて中央研究所の研究者と協議をしていた際に、赴任の挨拶を兼ねて筆者が途中から出席した。挨拶を終えると同時に商社の担当者から、「佐藤常務、良いところに来てくれました。サムスンSDIはいったいどういう会社なのですか。対応がひどいし問題が多いので、ぜひ聞いてほしい」と相談されたのだった。

 何が起こったのかと思い、話を聞いてみると、「この部材メーカーが、リチウムイオン電池の負極材料をサンプルとしてサムスンSDIに提出したにもかかわらず、評価のフィードバックは半年以上、待ってもない。何度か問い合わせているうちにサムスンSDI側からは、『担当者が退社して誰も引き継いでいないので、サンプルの保管場所もわからない』と回答された。こうした状況は、日本の電池メーカーとの付き合いと比較すると考えられない。佐藤常務に何とかこの状況を改善してもらえませんか」という内容だった。

 この商社からの訴えは、筆者にとってにわかに信じられないことだった。なぜならホンダ時代、電池メーカーや部材メーカーからサンプルを提供されれば、評価データをフィードバックし、次にどういった開発を進めていくかの議論をする文化は当然のことだったからだ。

 もちろん、相手側の意見を聞くだけでは事態は判断できない。実際のところはどうなのか、自ら実態調査に乗り出すことにした。すると、この部材メーカーだけでなく、他の部材メーカーでも似た様なケースがあちこちで散見されたのだった。その数は、両手では収まらないほど。このままでは日本の部材メーカーから見放されるとの危機感を抱き、経営問題としてサムスンSDIの社長に個別に提言した。

コメント14件コメント/レビュー

筆者は実際にホンダからサムスンにいかれて、実際に仕事された方ですから、これらのシリーズ記事が非常に気になります。日本の電子産業界は、ここ20年低落凋落し、既に1980年代、電子立国日本等ともてはやされた影も形もなく、事業撤退、生産委託で多くの技術者の首を切り捨ててきた。当時を振り返ると、日米経済摩擦として記憶されたように、わが国はアジアの先陣を切って合衆国でビジネスを謳歌し、もてはやされ、黄禍論まで云々され、テレビでは日本製の車やラジカセがたたき壊されたりもした。つまり、グローバリズムの端緒で、のっけから血祭りにあったような気がします。国際化などと言う言葉は、この頃耳にたこが出来るほどでした。電子産業はなぜこうなったのか。自動車産業との差異がどこにあったのか、これからどのような道標を見出すのか興味あるところです。ウォークマンが爆発的に売れたのに、ソニーはスマートフォンでナンバー1となれなかったことが、多分日本の電子産業の象徴的な出来事だと私は思います。技術も商品コンセプトも既にそのときそこにあったのに残念です。ところで、韓国の企業はどこに行っても逞しいですね。私も、アフリカの砂漠に1980年代行ってましたが、その当時から現代・大宇等そこにいましたから。経営者やリーダー、そこで働く人々の持つエネルギーの何か標準偏差値みたいなところが、ちょっと気になるこのごろです。(2013/10/05)

「技術経営――日本の強み・韓国の強み」のバックナンバー

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「シェア1位を奪われた原因はコストではなく慢心」の著者

佐藤 登

佐藤 登(さとう・のぼる)

名古屋大学客員教授

1978年、本田技研工業に入社、車体の腐食防食技術の開発に従事。90年に本田技術研究所の基礎研究部門へ異動、電気自動車用の電池開発部門を築く。2004年、サムスンSDI常務に就任。2013年から現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

筆者は実際にホンダからサムスンにいかれて、実際に仕事された方ですから、これらのシリーズ記事が非常に気になります。日本の電子産業界は、ここ20年低落凋落し、既に1980年代、電子立国日本等ともてはやされた影も形もなく、事業撤退、生産委託で多くの技術者の首を切り捨ててきた。当時を振り返ると、日米経済摩擦として記憶されたように、わが国はアジアの先陣を切って合衆国でビジネスを謳歌し、もてはやされ、黄禍論まで云々され、テレビでは日本製の車やラジカセがたたき壊されたりもした。つまり、グローバリズムの端緒で、のっけから血祭りにあったような気がします。国際化などと言う言葉は、この頃耳にたこが出来るほどでした。電子産業はなぜこうなったのか。自動車産業との差異がどこにあったのか、これからどのような道標を見出すのか興味あるところです。ウォークマンが爆発的に売れたのに、ソニーはスマートフォンでナンバー1となれなかったことが、多分日本の電子産業の象徴的な出来事だと私は思います。技術も商品コンセプトも既にそのときそこにあったのに残念です。ところで、韓国の企業はどこに行っても逞しいですね。私も、アフリカの砂漠に1980年代行ってましたが、その当時から現代・大宇等そこにいましたから。経営者やリーダー、そこで働く人々の持つエネルギーの何か標準偏差値みたいなところが、ちょっと気になるこのごろです。(2013/10/05)

簡単に言うと韓国はエネルギッシュということでは?今、勢いを持っている。韓国と日本がお互いの良い点を認め合って協業してゆくことが、グローバル化した世界で勝ち抜いてゆくために必要なことと思います。でも日韓の過去の問題でいつもひっかっかってしまう。それを思うと筆者の歩みはとても価値あることだと思います。(2013/10/04)

自画自賛な内容で、読んでいて気分のいいものではない。日本企業とサムスンの違いというより、自分がいかにサムスンで活躍して日本企業を追い抜いたかを述べているように見える。筆者にはこれから是非日本企業で働いてもらい、その知見を活かして日本企業を復活させてもらいたいものである。(2013/10/04)

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