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あるイラン人記者が東北被災地に通い続ける理由

日本と同様、イランでも地震が多発

2013年10月31日(木)

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 筆者は仙台市を、日本における故郷のように思っています。日本に留学した2004年度に、初めて住んだのが仙台市だったからです。通学の道すがら、広瀬川の上に自転車を止め、そのきれいな景色を眺めると、落ち着くことができました。秋、川辺の紅葉と夕日がその紅さを競う様は今でも忘れられない風景です。

 2011年に起こった東日本大震災は、とても大きな衝撃でした。自分の故郷の一部を破壊したものだからです。地震が起きた当初は親友やお世話になった方々と連絡が取れず、非常に心配しました。その後、幸いなことに、多くの人が無事だったことを聞きましたが、ホームステイをした女川町で出会った人々の安否は今も分からない状態です。電話番号もメールアドレスも分からなくなり、連絡する手段がありません。女川町の55.9%の人が亡くなられたそうです(「女川町を襲った大津波の証言」)。

 筆者が2005年に女川町で講演した時、イランの話を聞きながら、元気いっぱいでいたずらしていた小学生は無事だったのでしょうか。今は立派な高校生になって、東北復興を夢見ているのでしょうか。

2005年に撮影した写真。津波が発生した時15~16歳だったこの少年少女はみな無事だっただろうか(撮影:サイードレザ)

 実はイランの多くの地域も地震帯に位置しています。その恐ろしさを、イラン人はよく分かっています。

 残念ながら、イランは日本と違い、地震対策がしっかりしていないため、大地震で貴重な命を失う人が数多くいます。最後に起こった大地震は2003年12月でした。イラン南東部のケルマン州バム市で起きたマグニチュード6.3の直下型地震によって、一瞬間にして市が全壊し、2万~5万の人が寝ているまま命を失ってしまいました。

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「あるイラン人記者が東北被災地に通い続ける理由」の著者

サイードレザ

サイードレザ(えってはでぃー・さいーどれざ)

コラムニスト・翻訳者

イラン生まれ。テヘラン大学外国語学部日本語学科卒業。韓国のインハ大学院政治・国際関係を専攻。現在、東アジアを中心にイランの通信ネットワークにて記事を寄稿。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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