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小倉昌男のきれいすぎる引き際

傑出していたのに老害にならなかったカリスマ

2013年12月24日(火)

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 小倉昌男がカリスマ経営者であることは改めて言うまでもない。宅急便を始めてヤマト運輸(現ヤマトホールディングス)を有力企業に育て上げ、規制緩和推進のお手本を社会に示した。いまだに折に触れて話題になる人物である。

 社内では絶対的な存在だったわけだが、普通の実力経営者と一味違っていたのは、カリスマにしては意外なことに権力欲が薄かった点である。大企業病にかかって弛んだ経営を立て直すために代表取締役相談役から会長に復帰して2年、改革にめどをつけると会社から離れた。

 まだ70歳で元気だった。相談役や最高顧問などとして残ってもおかしくないのに、完全に退いた。とはいえ2代目でオーナー型の経営者だったのだから、肩書きなど無くても経営にくちばしを挟もうと思えば可能だ。何しろ小倉に頭の上がる人間はいないのだから。

「私が社長をやる間何も言いませんでした」

 しかし97年に社長になった有富慶二はこう言っている。「私が6年社長をやる間に、何も言いませんでしたね。言いたかったこともあったと思いますよ。力が全然違いますからね。偉いと思います」。ただし1回だけあったそうだ。「黙って小倉さんはテレビのニュース番組に出て郵政問題について発言したことがあるんです。後で『もう出ないから』と言ってきました。私にはそれだけでした」

 小倉からは「会長を下りるときに選択肢が三つあった」と聞いた。「非常勤取締役、相談役、すっぱり辞める。よい相談役は相談されざる相談役でしょう。こちらから助言なんかしたら、若い人がやりにくくてしょうがない。だから辞めた。非常勤取締役は今さら中途半端なことをしても仕方が無いので、ならなかったんですよ」

 傑出した経営者は、会社が心配で身を引けなくて、結果的に老害になるというケースが少なくない。小倉も66歳で会長を退いた時は、「代表取締役相談役」になってにらみを利かせた。「会社が気にならないかって?会社には栄枯盛衰がつきものだから、ヤマトがなくなっても構わない。私は済んだことをくよくよ考えないたちでね」と、何の迷いも見せなかった。

 小倉にとっては当たり前でも、世の経営者にはそのきれいすぎる引き際を煙たく思う人もいたようだ。「みんなは私が相談役にならずに辞めたことをあまり話題にしたがらないね。70歳でというのも、定年になったら辞めるもんじゃないの。大学で先生をした友人は70歳で定年ですよ」

 当時頻発していた金融機関を初めとする大企業の不祥事を反面教師として見ていた。これらには「共通項がある」というのだ。「老舗企業には創業家があって、強大な権力が陰に陽に存在して腐敗を生む。また教祖的な権力者がいて、服従する部下たちがその権力者を何が何でも守ろうとする。創業者でなくても中興の祖として君臨して会社を駄目にするケースもある。行政の保護を受けていて、問題を隠蔽する事なかれ主義もよく見られる」。一つひとつ実名入りで分析してくれた。

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「小倉昌男のきれいすぎる引き際」の著者

森 一夫

森 一夫(もり・かずお)

ジャーナリスト

1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、特別編集委員兼論説委員を歴任。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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