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マッキンゼーは、もてはやされ過ぎだ

若者は、むしろ起業せよ

2013年12月26日(木)

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 1960年代、優秀な若者は当時の花形、繊維業界を目指した。その後、対象は電機、自動車、そして金融へと変わっていった。

 そして今、若者たちの関心はコンサルティング業界、特に外資系に向いているらしい。聞いてみると、「各界で活躍する人の中に外資系コンサルティング出身者が多い。スキルが身に付く」という。しかし当のその業界出身の私にしてみると、違和感がぬぐえない。いつの世も若者たちは斜陽寸前の業界を目指すのか…教訓は世代を超えて受け継がれていかないのか…と。

コンサルティングの歴史は浅い

 わが国のコンサルティング業界の歴史は半世紀にも満たない。高度成長に入った頃、日本にはまだ存在しなかった。それが1960~70年代、米国系コンサルティング企業が海の向こうから黒船のようにやってきた。日本の拠点の設立はボストン・コンサルティング・グループ(略して『ボスコン』)が1966年、そしてマッキンゼーが1971年である。

 しかし、当時、このような得体の知れない業界に入ろうという優秀な日本人の若者はほとんどいなかった。そこで、黒船はマグロよろしく社会人の中途採用、つまり一本釣りをした。そして日立製作所勤務(当時)の大前研一氏(マッキンゼー)や三菱商事勤務(当時)の堀紘一氏(ボスコン)などの逸材を得た。

いち早く日本人化

 黒船がいち早く人材の現地採用を行ったのは慧眼である。これぞグローバリゼーションの王道である。もしも彼らが米国人を各国に派遣するスタイルをとっていたなら、“日本が大好きです”とか“日本語専攻でした”とか“たまたま奥さんが日本人です”という人材ばかりになっただろう。

 そしてきっと外資系企業の日本市場調査に終始したはずだ。ところが両社は日本人の若者に賭けた。その結果、わずか数年後には日本の一流企業向けのビジネスを獲得した。どちらの社も日本での飛躍がなければ、ともに世界的ネットワークを形成できず、世界のコンサルティング業界における現在の地位は築けていなかっただろう。

 そうなのだ。今、もし外資系コンサルティング会社が魅力的に見えるとすれば、それは40年ほど前の米国人たちの決断がスゴかったことに由来する。

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「マッキンゼーは、もてはやされ過ぎだ」の著者

上山 信一

上山 信一(うえやま・しんいち)

慶応義塾大学総合政策学部教授

1957年大阪市生まれ。京都大学法学部卒。米プリンストン大学公共経営学修士。旧運輸省、マッキンゼー(共同経営者)を経て現職。専門は経営戦略と行政改革。九州大学ビジネススクール客員教授。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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