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「辞めたい。けど、今じゃなくてもいいかな」で続けてきた

レッスン3「引退撤回して、世界NO.1になった」

2014年2月7日(金)

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 小学校からジャンプの世界に入って、男性社会の壁に何度も辞めようと思い、見えない目標に黙々と向かってきた。いよいよ引退を考えた時に、始まった国際大会に出場。世界のトップを目指す目標が明確になった。そして、大学や様々な企業の理解が得られて、初の女子スキージャンプチームの誕生となった…。
 そのときのチームは何人だったんですか。

山田いずみ

山田:私とそのコーチだけです。(笑)そして次の年にそのコーチの娘さんが入って、選手は2人です。

 当時日本でジャンプ競技をやっていた女性って、全国で何人いたんですか。

山田:20人くらいじゃないですかね。子供も入れて。ノーマルヒルを飛べる選手が6人くらいかな?そのくらいしかまだいませんでした。


何度も辞めようと思ったけど、「今じゃなくてもいいかかな」と

 よくぞ辞めずにやっていましたね。

山田:もう何度も何度も、辞めたいと思うときはありました。けれど、いつも「辞めよう!」と思ったら、必ずその後で「でもジャンプは好きなのに」という思いも出てきて、「だったら辞めるのは今じゃなくてもいいんじゃないかな」「だったら、もうちょっと飛んでいよう」と。いつもその繰り返しでした。

 絶えずではないですけど、今までなかった「女子スキージャンプ」という壁というか、それを続けていく面倒くささにぶち当たる度に「やはり無理なのかな」と思ったり。その繰り返しでした。

 何度も諦めかけて、でもジャンプすることに魅了されていた自分に嘘はつけなかった…。

飛ぶ楽しさを覚えてしまった

山田:何だったんでしょうかね。好きだったんですね。飛ぶ楽しさを知ってしまった。それ以上、また同じようにジャンプをしている女子に出会う度に、自分が一番年上だったので、いろんな意味で、頑張らないと思ってきたのかな。

 その気持ちが、チーム結成に至ったわけですね。その後、「スキージャンプの女王」と呼ばれるようになる。

山田:チームができて練習に専念できるようになり、集中した練習量が増えるようになりました。また、目標が明確だったので強くなりましたね。

 目標は世界1位ですか。

山田:ええ。短大2年の時に初めて開催された国際大会に出た。それから「ここのトップになる」と決意してましたから。

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「「辞めたい。けど、今じゃなくてもいいかな」で続けてきた」の著者

萬屋五兵衛

萬屋五兵衛(じゅうだいめ・よろずやごへい)

フリーライター

音楽業界にてヒットを多数経験後、飲食開発企業に転職。様々な新規事業に従事した後、業種業態の枠を超え自由な発想でボーダレスに仕事をする「現代版よろずや」をコンセプトに多業種のプロジェクトに携わっている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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手嶋 龍一 作家・ジャーナリスト