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「ニコ玉」から「ニコ生」へ閃きの承継

“向谷クオリティ”がもたらす人という財産

2014年2月12日(水)

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“ミュージシャン向谷”も、もちろん健在です。東横線渋谷駅跡を緑の公園にして行われた「さよならイベント」では演奏だけでなく、イベントそのものをプロデュースしました(2013年3月22~24日)

 前回までは、音楽家である私が、ショッピングモールで買い物をするお客さんに楽しんでいただけるための楽曲を提供する「モールミュージシャン」という新しい境地に立ったこと。そして、鉄道関連ビジネスでは電車の運転シミュレータの開発だけにとどまらず、引退した貴重な車両の実物をシミュレータと組み合わせることで蘇らせる「デジタル動態保存」という新手法を編み出すなど、ワタクシ、向谷実の新たな“閃き”に基づく最新の活動をご紹介してきました。

 今回は、過去に戻ると言いますか、そもそも、なぜミュージシャンの私が若いころ、「経営者としてがんばろう」ということを“閃いてみた!”のか、について解き明かさせていただこうと思います。

 その前に、「向谷実」という今の私を支えてきた「閃き」の力の源流は何だったのかについて、お話しておきます。

閃きの源流は「二子玉川“園”」

昔の「ニコ玉」には、飛行場もあったんですよ。よく家族で見に行ってました。後ろ姿の左から2番目が子供のころのワタクシ(1965年4月)

 昭和31年生まれの私は、東海道新幹線の開業を目の当たりにしました。住んでいた場所は世田谷の端っこの「二子玉川園」。当時はこの「園」が付いているのが正式駅名で、今は「二子玉川」、通称「ニコ玉」です。

 路面電車の「玉電(玉川電気鉄道)」や東急大井町線が走る傍ら、近くに最高速度80キロメートルで走ってよいという、前代未聞(自家用車が80キロメートルなんてありえない時代)の自動車道、第三京浜など、モータリゼーションの黎明期と同期しています。あのノスタルジックな映画「三丁目の夕日」も、しっかり時代考証できる年齢というわけです。

当時の玉電と東急大井町線のキップ。こんなの、いっぱい取ってあります

「向谷実の 閃(ひらめ)いてみた!」のバックナンバー

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「「ニコ玉」から「ニコ生」へ閃きの承継」の著者

向谷 実

向谷 実(むかいや・みのる)

ミュージシャン/音楽館社長

フュージョンバンド「カシオペア」のキーボード奏者時代の1985年に音楽関連事業を手掛ける音楽館を設立。今では鉄道会社向けに電車の業務用運転シミュレーターや発車メロディーなどの制作に携わる。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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