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永守重信が裸の王様にならない理由

「社員を遇する方法はいろいろある。一つじゃない」

2014年2月20日(木)

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 日本電産の社長、永守重信は創業以来、陣頭に立ち365日ハードワーキングで一貫している。ワンマン経営者の見本のような存在である。しかし仲間4人で創業してから40年あまり、今やグループ全体で約16万人の従業員がいる。永守がよく言う「人間誰しも1日24時間は平等」である。

 40歳代くらいまで続けていた、営業の合間に工場などの事業所を回って、社員と直接交わる人材管理法は今や、実際問題として難しい。今年8月には70歳になる。いつの間にか、祭り上げられて、現場の情報に疎くなり、裸の王様になりはしないか。ところが本人は「限界を超えることはない」と自信満々である。

 「なぜなら『分身』が増えているからね。これは普通に言うところの『部下』とは違うんですよ。私の分身は、自分を『子分』と称する連中です」。「いいですか。『部下』と『子分』は違いますよ」と念を押す。とはいえ子分に体よくだまされることはないのか。「それはない。40年間なかったし、僕をだまそうなって奴はとっくに辞めている。毎日『バカ野郎』なんて言われていたら、我慢できないでしょう」

「正常な頭を持っていたら、事業は起こせないね」

 創業時の仲間3人が最初の『子分』だった。2003年発行の『果敢なる挑戦 日本電産30年史』の「たった4人の船出」という項目にこう書いてある。「1973年(昭和48年)7月23日、当社創立の日である。前夜、永守重信(28歳)は京都市右京区(現・西京区)大枝の自宅6畳間に創業の仲間3人を集め、新会社設立への決意を確かめあった。総勢4人の決起集会である。3人とは、永守の大学の後輩であった、遠藤峰世(27歳)、田辺道夫(26歳)、小部博志(24歳)であった」

 大時代な書き方だが、徒手空拳である。失敗すれば連帯保証した借金を背負い、まず再起は困難な環境での起業だから、余程の覚悟が必要だった。株式上場を果たしメディアからも注目されるようになってから、永守はこう振り返っている。「失敗すればすべてパー。成功しても、妬まれていろいろ言われる。正常な頭を持っていたら、事業は起こせないね」

 永守と3人の仲間の結びつきは「仲間」とか「同志」という言葉では言い尽くせない。自著の『奇跡の人材育成法』を読むとわかる。既にティアックに勤めていた永守は同じ下宿の隣の部屋にいたまだ学生の小部に、真夜中にビールを買いに行かせる。自販機の無い時代である。駅前のクラブで買って来いという無茶な命令である。

 「すでにその時から私の教育は始まっていた。ビールを買いに行かせては、ビールを飲ませ、『肉買うてこい』と言っては、肉を食わせ、小部の仲間連中が集まってくると、全員にメシを食わせたりもした。いわば言葉は悪いが、親分・子分のような関係であった」

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「永守重信が裸の王様にならない理由」の著者

森 一夫

森 一夫(もり・かずお)

ジャーナリスト

1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、特別編集委員兼論説委員を歴任。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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