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阪神、“虎ブル”の伝統から脱却なるか

決して強くない名門球団の歴史

2014年4月4日(金)

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 プロ野球ファンにもいろいろなタイプがある。ひいきのチームが負けた時に、その特徴が顕著に表れる。一般的に巨人ファンは悲憤慷慨するが、阪神ファンは「アカンなあ」を挨拶代わりにして、負けゲームもおしゃべりのネタにして楽しむ。この自虐の娯楽化は、いつどのようにして定着したのか。

 巨人-阪神戦には必ず「伝統の一戦」という冠詞がつく。1937年に8球団で日本プロ野球のリーグ戦がスタートして以来、この両球団だけがチーム名も経営母体も変わっていない。「職業野球」と呼ばれていた不遇時代から変わらずに球界を支え、今日の繁栄の礎を築いてきた。だからこそ、古豪、名門として特別視されてきたのだ。

 だが、両球団の歩みには大きな隔たりがある。50年の2リーグ分立以降の戦績では大差が目立つ。

 セ・リーグの優勝回数は巨人の35回が群を抜いている。これに対して阪神の優勝はわずか5回。中日の10回に及ばないだけでなく、広島、ヤクルトの各6回よりも少ない。これでは、権威を象徴する巨人に立ち向かう西の雄、反骨精神の権化などと言えたものではない。

 65年から73年までの巨人のV9、日本一達成で、両者の差は決定的に広がった。

 85年に監督・吉田義男の下で優勝、日本一になって人気は沸騰した。だが、その後の強化を怠ったばかりに、次の優勝は星野仙一が率いた18年後の2003年まで待たされた。

巨人の3倍に及ぶ監督交代

 阪神の球団史をひも解くと、トラブル、チーム作りの失敗ばかりが目立つ。

 監督を簡単に代えるため、野球のスタイルがコロコロと変わる。選手は戸惑い、チームへの忠誠心も希薄になる。2リーグ分立後、巨人の監督が7人、延べ11人だったのに対し、阪神は21人、延べ27人が入れ代わり立ち代わり就任している。

 金田正泰、藤本定義、後藤次男、村山実は2度務め、吉田義男は3度も監督の座に就いた。3球団で指揮を執った名将は何人かいるが、同一球団で3度も監督になったのは、中日・天地俊一に次いで2人目という珍しい記録だ。

 監督が球団OBでなければならないということはないが、この球団には外様監督を嫌うムードがある。野村克也や星野を監督に迎えるのは、スターOBに申し訳ないとでも思っているのか。

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「阪神、“虎ブル”の伝統から脱却なるか」の著者

浜田 昭八

浜田 昭八(はまだ・しょうはち)

スポーツライター

アマからプロまで野球一筋半世紀という超ベテランのスポーツライター。現場取材にこだわり続けて、今日も記者席から白球を追う。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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