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今の在日イラン人と90年代のイラン人は別!

犯罪に手を染めたのは昔の話

2014年4月10日(木)

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 3月21日はイランのお正月でした。この日、イラン暦1393年の初日を一緒にお祝いするべく、100人近くのイラン人が集まりました、全てのことが予定通りに進み、パーティーは無事に終了。しかし、1つ気になることがありました。途中で、警察が現れたのです。最初は誰かが駐車違反をしたからだと思っていましたが、後で本当の理由を聞いてがっかりしました。1人の警察がトイレを理由に会場の中まで入り、状況を確認したのです。警察官同士の会話から察するに、「たくさんのイラン人が集まっているので、近所の人が通報した」とのことでした。

 なるほど。かつてイラン人が、麻薬や偽装テレホーンカード販売などの犯罪に手を染めたことの影響がいまだに残っていると思いました。それも仕方ないことだと思います。昔と言っても、まだ20年も経っていない出来事ですから。日本とイランは1974年に、ビザ相互免除協定を締結しました。88年にイラン・イラク戦争が休戦になった時、この協定を利用して非常に多くのイラン人が日本を訪れました。戦争後、イランの経済状態が良くなかったので、日本に仕事を探しに来たのです。

 しかし、1992年にはバブルが崩壊し、今度は日本の経済が悪化し始めました。これは在日イラン人にとって悲劇の幕開けでした。当時、来日したイラン人労働者の多くは、テヘラン南部の貧しく、教育水準の低い地域の出身でした。なので、犯罪に関わりやすい者が多かったわけです。名誉を保ち、一所懸命働くイラン人も多かったのですが、犯罪に関わった人たちのせいで、「イラン人=犯罪」のイメージがいまだに残っているようです。この傾向は、日本の大都市で特に強いように感じます。

 先日も桜を楽しむために上野公園に行った時、当時の雰囲気がそのまま残っている事実に気づきました。「立入禁止」の警告が訳されていた唯一の外国語はペルシア語だったからです。

上野公園にある警告。ペルシア語の訳は「夜はここに入らないでください」。この警告はもう必要ないのではないでしょうか。夜はここに入るイラン人はいなくなりましたから。(撮影:サイードレザ)

 「日本で暮らすイラン人が多いから、警告はペルシア語に訳されているんだ」とは思うものの、「なぜ、まだこの警告が残されているのか」と悩んでしまいます。不法在留者の多くが国外退去させられたり、刑務所に送られていたりするはずです。東京に残っているイラン人が上野公園を訪れるのはたまにのことです。訪問しても、皆と同様に自然を楽しむのが目的です。それに在日イラン人の大半は2世です。かつて犯罪に携わったイラン人とは全くことなる人たちです。

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サイードレザ

サイードレザ(えってはでぃー・さいーどれざ)

コラムニスト・翻訳者

イラン生まれ。テヘラン大学外国語学部日本語学科卒業。韓国のインハ大学院政治・国際関係を専攻。現在、東アジアを中心にイランの通信ネットワークにて記事を寄稿。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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