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ビジネススクールより効果的な修羅場

島精機製作所、アイリスオーヤマ、武田薬品工業、社長3人の壮絶体験

2014年4月21日(月)

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 経営者に欠かせないのは、胆力や粘り、勘などのいわゆる人間力である。それによってリーダーシップを発揮できる。その人間力は多くの場合、修羅場を経験することで育まれ鍛えられる。

 例えば、島精機製作所の創業者、島正博社長(77)は、創業して3年目に倒産寸前の瀬戸際に追い込まれた。同社が製造するコンピューター制御の横編み機は今や世界トップで、イタリアのベネトンをはじめ世界のアパレルメーカーが、ニット製品の生産のために軒並み採用している。

島正博社長に専務が「一緒に死のう」と…

 その島がまだ26歳の時である。創業から3年間で約3000万円の赤字を出して、約6000万円の借金を抱えた。1964年の年末、とうとう首が回らなくなった。60万円の手形がどうしても落とせない。本人によれば「99.99%まで不渡りになる」という八方ふさがりの状況だった。自動手袋編み機の開発に熱中した結果だ。

 島は少年時代から機械いじりの天才で、「16歳くらいの時、ポンコツの車を自分で整備して乗っていました」と言う。当時、自動車の方向指示機は折り畳み式で、カーブを曲がる時に、指示板をはね上げて方向を示す機構だった。重いし不格好なので、島は今のウインカーと同じ仕組みの物を考案して取りつけていた。

 スクーターをオート三輪に改造するくらいはお手の物だった。「もう少し早く生まれていたら、自動車が好きだったので、本田宗一郎さんみたいに、車やオートバイを造っていたかもしれません」。中学時代から近所の編み機修理工場で働きだして、県立和歌山工業高校の定時制に通うかたわら、発明に精を出した。

 55年、18歳の時にゴムを入れて抜けにくくする手袋を編む画期的な機械を開発した。これを機に編み機の分野に本格的に入っていった。開発の才能は図抜けていたが、資金繰りは別の問題である。倒産の危機が迫る中で「県の企業診断の先生から『おカネと時間があれば、成功するんだがな』と言われました」と振り返る。

 追いつめられて、二人三脚で苦労をともにしてきた専務が「一緒に死のう」と言い出した。実は島は1500万円の生命保険に入っていた。専務も500万円の保険をかけており、死ねば2人で2000万円の保険金が入る。これに持っていた土地などを処分すれば、債権者に大きな迷惑をかけずに済むという計算だった。

「死にたかったら、逝ってください」

 「保険は万が一の時のお守り」と考えていた島は、「死のう」と迫る専務に「僕はいやや」と同調しなかった。泣き出す専務に「泣かないで、泣かないで」と懸命になだめたが、「目上の人をなだめるのは難しい」。窮して「死にたかったら、逝ってください。家族は面倒見ますから」と、逆張りに出た。優しく言うだけでは、ますますおかしくなると思ったからだ。「死にたかったら死になさいよ」と突き放せば、バカバカしくなって思いとどまるとの読みだ。

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「ビジネススクールより効果的な修羅場」の著者

森 一夫

森 一夫(もり・かずお)

ジャーナリスト

1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、特別編集委員兼論説委員を歴任。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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