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「合成」と「合作」の危険な関係

2014年5月14日(水)

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 合作マンガの話の続きです。

 前回で原作付きマンガに関して書いたら、ゴールデンウィークが明けてみると世間の話題はすっかり例の鼻血のマンガ一色になってしまっていた。ツイッターのタイムラインのみならず、全国放送の夕方のニュースでもけっこう大きく扱われる騒ぎだ。

 コラムのプライオリティをアップ・トゥ・デイトにおくなら(カタカナが多すぎて褒められた文章じゃありませんね)、かの話題をまったくスルーするのもどうかとは思うが、合作の話は今回で完結なので、当初の予定通り続きを書くことにする。

 とはいえ、鼻血のマンガの問題に関しては、今回のコラムのテーマとちょっとだけかかわってくる部分もある。

 あの作品、とくに最近作では、架空のキャラ、そして実在人物という位相の違う登場人物が同一作品内にあたりまえに共存している。ここが実はやっかいで、そのためにフィクションの表現性を重視するのか、レポートとしての正確性(非正確性)や影響力を問題視するか、という混乱があちこちで生じているように見える。

 しかし、この実在人物のフィクションへの援用というのは、長嶋茂雄の回でもちょっと触れたが、野球選手、プロレスラー、空手家など、とくに梶原一騎が得意としてきた少年マンガの伝統的なメタフィクションの系譜でもある。

 もっとも梶原作品はその虚々実々性が魅力でもあったし、人気はあっても、世のちゃんとした大人の人達は「ま、マンガのことだから」とバイアスをかけて見ていた。極めて健全な対応だ。だいたい誇張はあってもそれによって経済被害が出るような内容でもなかった。それに比べると当時とは違ってマンガはよくも悪くも巨大なものになってしまったのだなあ、という想いがしている最中だ。

 ちなみに、いちいち立場を表明するのもおかしな話だとは思うが、私は事故後まもなく、自分の判断で福島の農家から検査済みの農作物を送ってもらっていたほどで、ここ一連の作品内の描写はナンセンス、と感じている者の一人だ(もう一週残ってるけど)。

 閑話休題。ある意味、その梶原スポーツマンガへのカウンターとして出てきた水島新司作品に話を戻そう。

 前回の終わりで、位相が違う=世界観の異なる水島キャラと里中キャラが共存する『ウォッス10番』三部作は、私はかなり無理矢理感を覚えた、という意味のことを書いた。

 すると、共感のリプライや感想があるいっぽうで、「私には違和感がなかった」「すごくなじんでいた」「非常にナチュラルに受け止めて読んだ」「最初はぎくしゃくしていたが、三部作終盤には気にならなくなった」とのご意見もいただいた。

 この違いを、私は非常に面白いと思った。

 これは読者それぞれの印象だから、どちらが正しいという正解はない。
 マンガ表現の懐の深さと、さらに物心ついたころから幾多のマンガ(外国人からみればけっこう難易度の高い省略や画面構成で出来ている日本のマンガ)を、あたりまえのように読み続けている日本のマンガ読者の読解力というか補完力、あるいは包容力・許容力といったものを、あらためて認識したのだった。

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「「合成」と「合作」の危険な関係」の著者

とり・みき

とり・みき(とりみき)

マンガ家

熊本県出身。ギャグマンガをメインにしながら、エッセイコミックやストーリー物も手がける。94年『DAI-HONYA』98年『SF大将』で星雲賞、95年『遠くへいきたい』で文春漫画賞を受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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