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「アラウンド80」の“独裁力”

戦前生まれの経営者に学ぶこと

2014年6月23日(月)

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(筆者注:記事中で「独裁者」との表現を用いていますが、歴史上の特定の人物に現代の経営者をなぞらえたものではありません。また、過去の戦争指導者などを肯定する意図も一切ありません)

 同僚記者の記事を引き合いにモノを書くのはどうかとの思いはあるが、日経ビジネス6月16日号に掲載された「エステー鈴木喬の経営教室」には個人的に感銘を受けた。

 「最初に誤解を恐れずに断言しましょう。私は独裁者です」

「私は独裁者」と語るエステーの鈴木喬会長(写真:的野 弘路)

 エステー鈴木会長のこの言葉で、その記事は始まる。詳細は当該の記事に譲るが、会長は記事の中で、自らがいかに独裁的な経営手法でもってエステーを率いてきたかを語っている。

 なぜ、あえて自ら名乗るほどに“独裁者”であろうとしてきたのか。その理由を語った部分を、以下に引く。

「独裁者になろうと決めた」

 「私たちの世代は戦後、学校の先生から民主主義の大切さを学びました。ですが、戦中に『鬼畜米英』と叫んでいた大人たちが、いきなり民主主義をあがめるようになったことに、子供ながら違和感を覚えました。(中略)民主主義はどこか胡散臭い。特に経営にはなじまないと思っています。ですからエステーを率いることになった時、迷わず独裁者になろうと決めました」

 エステーの鈴木会長は1935年生まれ。1945年の終戦時に、明確な自我を持っていたほぼ最後の世代だろう。当時の急激な価値観の変化を、自らの体験として記憶している、数少ない現役経営者の1人と言える。

 「皆が当たり前だと信じていることは、実はそうではないかもしれない。明日、すべてが変わるかもしれない」

 そんな思いを抱いたのは、当時の鈴木少年だけではなかったはずだ。戦後の社会構造の急激な変化は、その時代を生きていた多くの人に、「他人の言うことよりも、自分の気持ちを信じよう」という思いを強くさせたのではなかろうか。

 現段階で、この推論を立証する手立てを私は持っていない。だが、そう考えたくなる理由はあった。エステーの記事と同じ6月16日号で、私はセブン&アイ・ホールディングスの巻頭特集の取材班に名を連ねていたからだ。

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「「アラウンド80」の“独裁力”」の著者

中川 雅之

中川 雅之(なかがわ・まさゆき)

日本経済新聞記者

2006年日本経済新聞社に入社。「消費産業部」で流通・サービス業の取材に携わる。12年から日経BPの日経ビジネス編集部に出向。15年4月から日本経済新聞企業報道部。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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