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我が母校、近大はAKBのような存在

卒業生3人が語る過去そして現在

2014年8月7日(木)

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 8月11・18日合併号の日経ビジネスでは急速に知名度を高めている近畿大学の「企業研究」を掲載する。完全養殖に成功したクロマグロが食べられる飲食店の出店や、趣向を凝らした入学式などで話題を集め、関西の私立大学のトップグループ「関関同立」(関西、関西学院、同志社、立命館)超えを狙う。今回はその取材の中で出会った30代の近大卒の男性3人と座談会を開き、学生時代の思い出や、最近の近大の取り組みへの評価などを語ってもらった。

 3人はいずれも1995年に商経学部(現在の経済学部と経営学部)に入学し、同じ寮で生活を共にした。1999年に卒業、現在は東京で活躍する。プロフィールは以下の通り。

Kさん:経営学科出身。卒業後、ロンドン留学を経て国内大手証券に入社。現在は外資系証券で日本株のトレーディング業務を担当。妻も薬学部出身という近大一家。

Sさん:経営学科出身。卒業後、中堅専門商社で自動車メーカーなどの営業を担当。現在は家業の、銀製品の輸入販売会社に勤務。

Tさん:経済学科出身。卒業後、陸上自衛隊に入隊し機甲科(戦車部隊)所属。現在は金属箔などパッケージ素材メーカーで営業を担当。

近大に入学した経緯を教えてください。

S:東京出身だが、私の家庭では大学生になると親元を離れる、というルールがあった。関西に行きたかったので関西の大学を幾つか受験したが、第一志望の立命館大学は残念ながら不合格。やむなく第二志望の近大に入学した。

K:岐阜県出身で、私も同じく関西に憧れがあった。最も行きたかったのは京都で、同志社大や立命館大、京都産業大を受けた。京都の次に行きたい都市だった神戸に近い関西学院大も受験。最後が大阪で近大も受けた。大阪の町は個人的に雑な印象があり、あまり好きではなかった。だが他の大学の受験がうまくいかず、結局近大に入った。

T:高校時代の自分の学力をみて、志望校は関西の私立大学の2番手グループ「産近甲龍」(京都産業、近畿、甲南、龍谷)クラスと決めていた。高校3年秋の一般公募推薦で近大に合格し、そのまま入学した。我々の在学中は「龍甲産近」と呼ばれ、近大は2番手グループの中で最も下と位置付けられていた。

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「我が母校、近大はAKBのような存在」の著者

須永 太一朗

須永 太一朗(すなが・たいちろう)

日本経済新聞証券部

2003年一橋大学社会学部卒業、日本経済新聞社に入社。西部支社(福岡)で警察、企業、県政を順に担当。その後は主に証券部で日本株相場を取材。14年3月、日経ビジネス記者に。17年4月、日本経済新聞証券部。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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大量陳列、大量販売というのがある程度限界にきているのかなと思います。

松﨑 曉 良品計画社長