日経ビジネスはこの9月に創刊45周年を迎えた。それを記念し、世相を彩ってきた“時代の寵児”20人を選び、彼らへのインタビュー記事を再掲する。それぞれの“肉声”から、今にも通じる様々な教訓を読み取れるだろう。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。
1985年1月7日号より
年の始めにはこの人が何となく様になるのである。経済団体連合会の稲山嘉寛会長はますます盛んに、今年も「我慢の哲学」を説く。「伸びようとすればその前に身を屈しなければならないんだ。志は高く欲望は小さく、ですよ」。流れるような語り口は天衣無縫である。それでいながら情熱的である。「私の言うことは皆には全く通じていないでしょうね。でも言いたいことは言わせてほしいんだ」。いくつになられてもこの人は育ちの良さを失わず、がんこに、しなやかに国を憂え続けるのだろう。
(聞き手は本誌編集長、河村 有弘)
情報化時代って騒ぐけどいったい何の役に立つのかね

明治37年1月2日生まれ、81歳。東京都出身。昭和2年東京帝大経済学部商業学科を卒業し、同3年商工省製鉄所に入る。日本製鉄第四販売課長、営業部長を経て25年八幡製鉄常務。37年に同社長に就任。45年富士製鉄と合併、新日本製鉄誕生と共に同社長就任。48年同会長、58年同相談役名誉会長。55年5月から経団連会長。(写真:梅原 剛)
問 明けましておめでとうございます、というところで今年もやはり「我慢と協調」ですか。(笑い)
答 私が日ごろ言っているのは、何が起きても驚かない心構えなんでね。私らが議論しているのは経済政策とか社会政策のあり方。今日、明日の問題じゃないんですよ。明日地震がくるなんて予測しても間に合わないでしょう。
問 今年、特に心配なことはないですか。
答 東南アジアで貿易のアンバランスから日本に対する非難がおきている。そんなことぐらいかな。目先的にはね。
それよりね、よく情報化時代って皆騒ぐけどこれはどんなものかな。世間のことを多少早く知らせてもらうとか、家に居ても三越で買い物が出来るとか、別にどうということないんじゃないの。三越に行きたい人も多いのだし。
僕ら会社に入りたての頃は欧州の鉄鋼のウィークリー・レポートってのがあってね、それは高価なもんだった。買ってたのは八幡製鉄と八丁堀の問屋さんが2、3軒あったかな。この情報を持ってると持ってないではえらい違いがあった、商売の上でね。ところが今の情報は全部に行き渡るようなメディアでしょう。そいういう意味の価値はなくなってしまうんですよね。
結局ね、これは必要だから作ってくれというニーズより先に企業が作って売って儲けようという経済になってきちゃったんじゃないですか。ニーズを掘り起こそうという時代なんだ。そのために流行を作る。いってみりゃ伝染病をまき散らすみたいなもんだ。
つくづく稲山さんは官製の人間だなと思いました。「稲山さんの“イエス”には“ノー”がある」ということは常識的な民間企業にしてみれば甚だ迷惑な話です。ましてや外国企業などは相手にしないでしょう。当時の日経ビジネスが選定した“時代の寵児”というカテゴリーに稲山さんを加えたことに、その時代を感じさせます。(2014/09/11)