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中村修二氏との談話を通じて考えた日本の競争力

日本の就社社会、海外の就職社会

2014年10月9日(木)

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 10月7日にノーベル物理学賞が発表された。中村修二氏をはじめとする日本人3名が受賞の快挙となったことは嬉しいニュースであるとともに、これまでの並々ならぬご努力に敬意を表したい。科学者としての最高の栄誉、おめでとうございます。

 中村氏とはこれまで2度交流させていただいた。最初は筆者がホンダの和光研究所に在籍していた時のこと。研究所にお招きし講演をしていただいたことが最初のきっかけで、今から20年ほど前に遡る。

 青色LEDの開発秘話、日本と海外との考え方の違い、中でも日本の閉塞感に関して不満があることを述べていた。「ホンダの皆さんも日本なんか出て海外、とりわけ米国へ移った方がいいですよ」などと、当時としては、ずいぶん過激な講演をする人だなというのが第一印象だった。そこまで中村氏が発言するにははっきりとした理由があったことは、講演が終わる段になって理解できるものとなった。

 2度目の出会いは、東京での2000年11月17日のことである。公益財団法人・本田財団は、故・本田宗一郎の意志に基づき、自然科学、工学、医学・生理学、社会学分野を対象に毎年、世界中から顕著な功績を掘り起こし、1名に限って本田賞を授与している。2000年の受賞者が中村氏であり、授与式には筆者も出席した。ご家族を同行しての後ろ姿には、いずれはノーベル賞という期待も背負っているようだった。

 改めて研究成果に関する受賞記念講演を聴き、個別に意見交換した際の彼の研究に拘る強い姿勢に共感した。振り返れば、今回のノーベル賞受賞に先立ち、中村氏を本田賞に決めた選考委員の先見性も証明された形だ。

 講演の中にも出てきたが、日亜化学で青色LEDの研究にとりかかろうとしていた折に、周囲からは「所詮、地方の大学出身者が、世界で誰も成功していない青色LEDを実現できるわけはないだろう」と揶揄されたとのこと。結局、創業者のバックアップがあって着手できたのだが、日亜化学での研究は正に孤軍奮闘。夢と情熱が困難な局面を押しのけたことで、研究に没頭したとのこと。

 しかし日亜化学での先行きが見えなくなった段階になった時でも、青色LEDの研究を諦めることはなかった。それどころか、その研究ができる日本の企業や大学を探すことになる。しかし残念なことに、日本の企業や大学からは声がかからなかったとのこと。

 結局は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の教授職のオファーがあって、2000年に移籍。この時、中村氏は日本の柔軟ではない硬直したがんじがらめの文化を感じ、一方では、自由闊達で、かつ門戸を開放する米国のおおらかさに感動したという。

 ホンダは人材を育てるが、サムスンは人材を競わせる。同様に、ゼロから研究開発に着手するホンダに対して、サムスンは基本的にM&Aで時間を買う――。このように、ホンダとサムスンでは企業文化や経営スタイルが大きく異なります。

 本書は、ホンダとサムスンで技術開発をリードした著者が見た日本と韓国の比較産業論です。サムスンという企業グループの実態に加えて、日本人ビジネスパーソンと韓国人ビジネスパーソンの特徴、日本の電機大手が韓国企業に負けた理由、日本企業がグローバル市場で勝ち抜くために必要なことなどを自身の体験を元に考察しています。ホンダとサムスンという企業を通して見える日韓の違いをぜひお読みください。

コメント5件コメント/レビュー

日本人には、古来より職人と呼ばれる人々を尊ぶ気持ちが培われていた。また、職人は周囲の人々から尊ばれていることを名誉に思い、仕事に誇りをもって励んできた。受賞者のひとりである田中耕一氏に代表されるように、日本における優れた職人(ここでは技術者、科学者、学者などを指す)は、自分の好きな道を黙々と歩んでいただけであり、功績に対する対価を求めようとはしなかった。これからの日本には、中村修二氏のような職人が次々に現れるように思われる。そうなると至高の技量を持った職人は、日本に留まることに拘泥しないだろう。世界のプロスポーツ選手が驚くほど巨額の報酬を得ている現在、これは仕方の無いことではないだろうか。スポーツ選手と職人は異質のように思えるが、人間の本質は対等であろう。(2014/10/09)

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「中村修二氏との談話を通じて考えた日本の競争力」の著者

佐藤 登

佐藤 登(さとう・のぼる)

名古屋大学客員教授

1978年、本田技研工業に入社、車体の腐食防食技術の開発に従事。90年に本田技術研究所の基礎研究部門へ異動、電気自動車用の電池開発部門を築く。2004年、サムスンSDI常務に就任。2013年から現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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日本人には、古来より職人と呼ばれる人々を尊ぶ気持ちが培われていた。また、職人は周囲の人々から尊ばれていることを名誉に思い、仕事に誇りをもって励んできた。受賞者のひとりである田中耕一氏に代表されるように、日本における優れた職人(ここでは技術者、科学者、学者などを指す)は、自分の好きな道を黙々と歩んでいただけであり、功績に対する対価を求めようとはしなかった。これからの日本には、中村修二氏のような職人が次々に現れるように思われる。そうなると至高の技量を持った職人は、日本に留まることに拘泥しないだろう。世界のプロスポーツ選手が驚くほど巨額の報酬を得ている現在、これは仕方の無いことではないだろうか。スポーツ選手と職人は異質のように思えるが、人間の本質は対等であろう。(2014/10/09)

アメリカ企業では当たり前の【会社には秘密裏に新たな研究、製品を作るスカンクワーク(密造酒作り)】が四国の小さな企業(日亜化学工業)でかつて、行われていたのですね。スカンクワークを率いたIBMの社員は著書で書いています。【子供でも知っているように、事前に許可を得るより、後で怒られることの方が簡単です】中村さんがアメリカに渡ったのもこの企業風土に憧れてだと思っています。(2014/10/09)

人材の流動性を高めて活性化を目指すには、日本企業も、職種別人材募集を徹底することが必要でしょう。今はとにかく会社に入り、そこから(会社都合で)配置が決まりOJTで一から仕事を覚えてゆくことになりますが、このやり方は人材の専門性を無視して企業の人材マネジメントの無計画さに社員側が臨機応変に適応することで成り立っているシステムです。企業が計画的に人材をマネジメントできないから、「さぁーて、新人君には何をやってもらおうかなぁ?」と言ったことが起き、「こんなことをするために会社に入ったんじゃない。」とか、「学校の勉強なんて役に立たない、会社に入ってからが本当の勉強のスタートだ。」と言う事態が発生します。企業は時間とコストをかけて社員を教育(計画性はないに等しいが)するので、(社員が戦力となってから)長期間かけてその投資を回収しなければならない。こうした無駄(良い面もあると言われるかもしれませんが、良い点は抜き出して残せばよい)を無くせば、労使双方にとってメリットが大きいはずです。(2014/10/09)

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三品 和広 神戸大学教授