• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「ところでお前はどうしたいの?」

リクルートの社風を象徴する問い

2014年12月11日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

本連載はグーグルの前代表取締役である有馬誠氏の新著『ギャップはチャンスだ!』を一部抜粋したものです

 それは実に強烈な個性だった。わが父親のことである。

 物心がついた頃から、大阪で繊維業を営んでいた彼の背中を見てきた。「北浜の麒麟児」と呼ばれたほどの事業家としての成功、社員による持ち逃げ、倒産、肺や胃は半分以上切除する大病の克服、東京での上場企業の再建請け負いの成功(それは著者が18歳の時で、広い副社長室や黒塗りのハイヤーでの送迎は、驚きと共に尊敬の念を生んだ)など、まさに波瀾万丈の人生には多大な影響を受けた。

 このまさにギャップに挑戦し続けた父親の生きざまと、経済的に苦しい時期を支えてくれた敬愛する母親の期待に応えたいとの思いを糧に、自分はこれまでのビジネス人生を歩いてきた。いつかはこの父親に追いつきたい。そして母親の期待に応えたい。今思えばこれが最初に認識した「ギャップ」、つまり「将来なりたい自分」と「その時の自分」の隔たりだったのかもしれない。

人生で最初で恐らく最大の分水嶺

 インターネット時代が訪れる以前から、コンピュータと通信、今でいうITの世界に身を置いていた。しかしその以前、京都大学工学部石油化学科(現・工業化学科)に在籍していたこともあり、かねて大きな関心を持っていたコンピュータ業界とは畑違いの、化学系の日本触媒化学工業(現・日本触媒、紙おむつの吸水材メーカーとして有名)に学科推薦で就職するはずだった。

 そんな時、学科の先輩の親戚で、クラボウ(倉敷紡績)の新規事業の責任者を紹介された。コンピュータ・カラーマッチング・システムなる、自社の染色技術を応用したハードとソフトを自社開発、販売する事業で、熱心に口説いてもらったこともあり迷いなく就職を決めた。これが自分のビジネス人生において最初で恐らく最大の分水嶺であった。この縁があったからこそ、本来進みたかったITの世界を歩くことができたのだから。

 入社後は初めから新規プロジェクトの重要な役割を与えられ、仕事が面白くて面白くて仕方なかった。米国に1カ月間、自由なテーマで出張もさせてもらい、海外との関わりも含めて、その後のキャリアの基礎はここで学ばせてもらった。2年ほどサポートエンジニアをやって、その後は自ら望んで営業職に異動した。技術のことが分かるセールスというポジションが自分の立ち位置であり、目指す経営者への道と見定めたのである。

 最終的に、クラボウには約8年、30歳まで在籍してリクルートへ転職することになった。ただ自分が所属するチームの売り上げの大半を営業責任者として担っていたこともあり、リクルートから内定が出てから入社までには何と6カ月の引き継ぎ期間を要した。要はその間に後継者を育てながら1年分の売り上げの目処を立て、事業業績への影響を最小にしたのである。

コメント0

「有馬誠の「ギャップはチャンスだ!」」のバックナンバー

一覧

「「ところでお前はどうしたいの?」」の著者

有馬 誠

有馬 誠(ありま・まこと)

MAKコーポレーション社長

リクルートなどを経て1996年にヤフー第一号社員として入社、常務取締役として立ち上げに貢献。2004年人材紹介会社アイ・アムを創立。10年よりグーグル日本法人代表取締役、2014年2月より現職

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

日本の未来は、男性と同じ程度、女性のリーダーが作っていくものだと確信している。

ビル・エモット 英エコノミスト誌元編集長