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ヤフオク!誕生秘話

日本での開始へ、ジェリー・ヤン氏の提案

2014年12月18日(木)

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本連載はグーグルの前代表取締役である有馬誠氏の新著『ギャップはチャンスだ!』を一部抜粋したものです

 日本のネットビジネス、IT産業をヤフーが牽引して来たことに異論を唱える人はいないだろう。今から約20年前の1996年、孫氏が日本にヤフーを引っ張ってきたことで日本のネットビジネスの歴史が本格的に始まった。そのヤフーの第一号社員として、立ち上げから参画できたことは、自分の人生の一大転換点だったことは間違いない(ちなみに、講演で略歴を話す時には、ここまでを私の「Before Internet時代」、以降を「After Internet時代」と言うことにしている)。

 ともかく、全くの新規事業なので、まさにギャップだらけだったわけだが、いくつかを思い起こし、ギャップ克服の参考事例として提示したい。

パソコン2台でスタートしたYahoo!JAPAN

 96年の創業当初、社員は私だけ。一号社員だから当然だが、ソフトバンクから5~6人が手伝いに来てくれていて、井上雅博社長(当時)以下、総員で10人くらいの体制で、同年4月1日にサービスを開始した。その後、誰もが知ることになる「ヤフー株式会社」の「Yahoo! JAPAN」のサービス開始の瞬間である。しかし、全く華々しいものではなく、何せ米マイクロン・テクノロジーという会社(それまで知らなかった)のパソコン2台でのささやかなスタートである。サービスもまだ安定していないし、プレスリリースなどで告知してアクセスが集中したらどうなってしまうか分からない。実はYahoo! JAPANはそーっと始まった。それでも最初の2日間で20万ページビュー(閲覧数)に達し、社内は興奮のるつぼと化した。

1996年スタート時の「Yahoo!JAPAN」

 何とかサービスが立ち上がると、次に井上氏が言い出したのが「1年半後に上場。史上最速上場記録を更新する」という野心的なものだった。これが実は孫氏が米ヤフーに出資し、日本でジョイントベンチャー(異例のソフトバンク60%、米ヤフー40%出資)をすることになった時に話したことの一つだった。毎月単月黒字を続けて収益性を示し、一気に成長する目論みだったが、売り上げゼロの立ち上げ企業にとっては大ギャップである。しかしギャップを埋める戦略は明快だった。

 元々のヤフーのビジネスモデルは、「無料で検索などのサービスを提供し、そこに広告を掲載して収益を上げる」ものであり、そもそもは民放のテレビやラジオと同じだ。インターネットの分野では、現在も米グーグル、米フェイスブックなど主流を占めているものである。そこでヤフーが1年半で上場を可能とするには、まず、サービスがユーザーに評価され、広告を掲載できるページビューを上げる、そして広告を販売できる営業力を持つ、という2つの大きなギャップを埋める戦略が必要だった。

「有馬誠の「ギャップはチャンスだ!」」のバックナンバー

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「ヤフオク!誕生秘話」の著者

有馬 誠

有馬 誠(ありま・まこと)

MAKコーポレーション社長

リクルートなどを経て1996年にヤフー第一号社員として入社、常務取締役として立ち上げに貢献。2004年人材紹介会社アイ・アムを創立。10年よりグーグル日本法人代表取締役、2014年2月より現職

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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