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「とにかく政権を倒せばよい」――安易な倒閣が政党の自壊を招いた

なぜ、政党政治は戦争を止めることができなかったのか?(3)

2015年1月23日(金)

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2015年が幕を開けた。1945年の終戦から70年が経った。
これだけの月日が経ってもなお、我々は、この戦争に端を発する問題と直面し続けている――従軍慰安婦問題、韓国徴用工訴訟、閣僚による靖国神社参拝の是非…。
そこで、あの戦争がなぜ起こったのかを改めて考える。
まず取り上げるテーマは政党政治と戦争だ。なぜ、政党政治は戦争を止めることができなかったのか? 帝京大学の筒井清忠教授と、学習院大学の井上寿一学長に3回にわたってお話を伺う。今回はこの最終回だ。

(司会は森 永輔・日経ビジネス副編集長)

(前回記事はこちら

大衆時代に対応できなかった官僚政治家

井上 寿一(いのうえ・としかず)氏
学習院大学学長。
専門は日本政治外交史。1956年生まれ。一橋大学社会学部卒業、同大学院法学研究科博士課程単位修得。学習院大学法学部教授などを経て現職。法学博士。著書に『第一次世界大戦と日本』『吉田茂と昭和史』『政友会と民政党』など。(写真:菊池くらげ、以下すべて)

井上:筒井先生は、戦前の2大政党である政友会と民政党のうち、民政党政権をより厳しく評価し、その中心となった若槻礼次郎首相の限界を指摘されています。国民に政策を訴えることを重視するあまり、劇場型政治の中ではそれだけでは不十分なことに気付かなかった。

筒井:私がここで劇場型政治と呼んでいるのは、メディアを積極的に利用し、写真などヴィジュアルな要素まで駆使して、反対党を攻撃する政治のことです。

 若槻という人は趣味が弓なんですよね。彼は「弓というのは満々と引き絞らずにやった方がいい。ある程度緩やかに引いたほうがうまくいく」と考えていた。それが彼の主義だったんです。だから、政治もそういうふうにやった。満州事変の時、本来はあらゆる手段を尽くして止めるべきだったんですね。でも、弓と同じであんまりぎりぎりと頑張ることはしなかった。

井上:若槻に対して筒井先生が指摘されている中で一番興味深かったのは、朴烈(パクヨル)怪写真事件の話です。

*:1925年に大逆罪で起訴された朴烈とその愛人である金子文子が獄中において親しくしている写真を新聞などが掲載した。この写真は事件を担当する判事が撮影したものだった。これを契機に司法の腐敗堕落と、皇室に対する第1次若槻内閣の無視・無関心が批判された

 新聞をはじめとするメディアはあの写真に飛びつきました。それに対して若槻首相はきちんと対応せず、いわばつっけんどんな対応をした。これが若槻首相のその後の政治指導を危ういものにした。

 メディアの台頭と、朴烈怪写真事件に代表される劇場型政治とが軌を一にして進んでいく。この大衆社会の進展に、官僚出身の政治家はうまく対応できなかった。その代表例として若槻がいるわけですね。

シンボルとしての天皇

筒井:おっしゃるとおりです。朴烈怪写真事件に関連して、政党の関係者が気付いたのが、シンボルとしての天皇のユーティリティーが非常に高いことでした。

筒井清忠(つつい・きよただ)氏
帝京大学文学部教授・学科長、東京財団上席研究員。1948年生まれ。京都大学文学部卒業。同大学院文学研究科博士課程単位修得退学。文学博士。近著に『二・二六事件と青年将校』『昭和十年代の陸軍と政治』『昭和戦前期の政党政治』など。

 第1次若槻内閣(憲政会)が退陣した後、選挙で勝とうとした田中義一内閣(政友会)の鈴木喜三郎内務大臣が野党民政党の「議会中心主義はわが国体とは相容れない」「皇室中心主義」が大事と言い始めます。これなどは、多くの票を得ようとして、投票直前に慌てて思い付いたことだと思いますね。

 一方、田中内閣が1928年に不戦条約を締結した際、条文に「人民の名において」という文言があることを、天皇の大権干犯であるとして民政党が問題視しました。外交大権を持つ天皇ではなく、「人民の名において」条約を締結するとは何事か、というわけです。 

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「「とにかく政権を倒せばよい」――安易な倒閣が政党の自壊を招いた」の著者

森 永輔

森 永輔(もり・えいすけ)

日経ビジネス副編集長

早稲田大学を卒業し、日経BP社に入社。コンピュータ雑誌で記者を務める。2008年から米国に留学し安全保障を学ぶ。国際政策の修士。帰国後、日経ビジネス副編集長。外交と安全保障の分野をカバー。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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