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このままでは再びテロが起きる

いまのままでは“イスラム国の思うツボ”

2015年1月19日(月)

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 イエメンを拠点とする国際テロ組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」が1月14日、フランス週刊紙『シャルリー・エブド』銃撃事件について、「イスラム教預言者ムハンマドを侮辱したことへの復讐だ」との犯行声明を出した。

 AQAPは、11分間にわたるビデオの中で、この事件がアルカイダ指導者のアイマン・ザワヒリの命令によるものだったと述べ、AQAPが「標的を選び、計画を立て、資金を出し」実行したと強調した。

 週刊紙の本社を襲撃した実行犯のサイド・クアシとシェリフ・クアシ兄弟は、自分たちが「イエメンのアルカイダ」のメンバーだったと話しており、2011年にイエメンに渡航してAQAPの軍事訓練を受けたことが確認されていたが、AQAPがフランスでのテロを認めたのは初めてのことである。米国務省のハーフ副報道官は14日の記者会見で、AQAPの出したビデオ映像による犯行声明が「本物」だと米情報機関が結論づけたことを明らかにしており、国際テロ戦争が新たな段階に突入したことを印象づけている。

 一方、パリ東部ポルトドバンセンヌのユダヤ系食料品店に人質をとって立てこもり、警察に射殺されたアメディ・クリバリは、イスラム国(IS)の指導者アブバクル・バグダディに忠誠を誓っていたことが明らかになっている。クリバリはクアシ兄弟に資金提供したことも明らかにしており、彼らは連動して今回の行動をとっていた。AQAPは国際テロ組織アルカイダの下部組織だが、ISはアルカイダから「破門」されており、AQAPとISは組織同士としてはライバル関係にあるのだが、現場レベルでは連携して動いているのである。これはイスラム過激組織の幹部同士は敵対したり対立したりしても、そこに加わる側の若者たちの動機に大きな違いはないことを示している。

 今回のテロ事件の背景を、容疑者の辿った足跡を通じて考えてみたい。

不良少年がテロリストになった過程

 米『ウォールストリート・ジャーナル』紙が、ユダヤ系食料品店に立てこもったアメディ・クリバリが「テロリスト」になる過程についての興味深い記事を掲載している。それによると、クリバリがフランス警察の犯罪記録に登場し始めたのは彼が15歳の時で、それ以降、万引き、麻薬取引、武装強盗や盗品の売買など数々の犯罪を重ね、1999年には警察官を襲った罪で有罪判決を受けている。

 この翌年の2000年、クリバリが18歳の時に、強盗現場から逃亡している間に、彼の親友で強盗仲間だった男が警察に射殺される事件が起きている。この時射殺された男の家族が、事件の真相究明を求める訴えを起こしたものの、裁判所は「警察官の行為は正当防衛だった」として訴えを却下した。もともと問題児だったクリバリが、過激なイスラム主義者になる上で、この事件が決定的に重要だったと『ウォールストリート・ジャーナル』紙は伝えている。

 この事件の処理に反発を覚えたのはクリバリだけではなかった。裁判所が訴えを却下した後、彼の生まれ育ったパリ南部のGrignyでは数日間にわたって小規模な暴動が勃発したことが記録されている。この射殺事件で殺された男は、クリバリが当時持っていた唯一の心を許せる友人だった、と現在も逃亡中のクリバリの内縁の妻Hayat Boumeddieneがかつて証言していた。

 2004年にクリバリは銀行強盗の罪で6年の実刑判決を受けてパリ南部にあるフルリー・メロジス刑務所に送られた。この刑務所で同容疑者は国際テロ組織アルカイダのリクルーターでパリの米国大使館を爆破しようと企てた罪で投獄されていたジャメル・ベガルと出会った。クリバリは以前警察の取り調べに対して、「ベガル氏は科学と宗教の人だ」と敬意を払っており、ここでアルカイダ的なイスラム過激思想に染まったと見られている。実際同刑務所ではベガルの「過激思想」に感化された若者グループができており、そのグループの仲間の一人が、『シャルリー・エブド』を襲撃した兄弟の弟シェリフ・クアシだったという。

 出所した後もクリバリはベガルとの交流を続け、彼の指示で物資や資金を、クアシを含めた過激派の仲間に運ぶ仕事を手伝うようになり、2010年5月には収監中の仲間の脱走を企てた罪で5年の刑を受けていた。このように青春時代のほとんどを刑務所で過ごしたクリバリは、クアシ兄弟が『シャルリー・エブド』を襲撃したのと合わせて行動を起こし、最後には食料品店に人質をとって立てこもり、突入した特殊部隊に、合わせて40発以上の銃弾を浴びて死亡した。

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「このままでは再びテロが起きる」の著者

菅原 出

菅原 出(すがわら・いずる)

ジャーナリスト/国際政治アナリスト

アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。在蘭日系企業勤務、ジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英国危機管理会社役員などを経て、現在、国際政治アナリスト

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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