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「辞める」と言い続けて社長になった

クラシエ・石橋康哉社長サラリーマンの意地

2015年1月26日(月)

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クラシエホールディングスの石橋康哉社長(写真:中村豊、以下同)

 経営破綻した旧カネボウに最後に残った3つの事業を引き継ぐクラシエホールディングス(本社東京)の社長、石橋康哉(58)は過去に何度も会社を辞めようとした。まさか社長を任されようとは思いもしなかったろう。現状に埋没しない意地と楽天的な性格で、サラリーマン人生を自分なりに歩んできた結果ともいえる。

 もし旧カネボウが消滅するような事件が起きなければ、石橋は本人も言う通り「社長に100%なっていない」だろう。2004年に旧カネボウは行き詰まり産業再生機構に支援を要請して、当時の帆足隆社長以下全役員が辞任した。このため化粧品百貨店営業推進室長だった中嶋章義が53歳で社長に、人事部長だった47歳の石橋が取締役にそれぞれなった。異例の人事である。

 再建を託された産業再生機構は旧カネボウの不採算事業などの売却を進め、06年に本体を3つのファンド連合に売り、分社していたカネボウ化粧品を花王に売却した。そして石橋は49歳で副社長になった。06年5月に3ファンドは残った中核の3つの事業を本体からそっくり買い取って、持ち株会社のカネボウ・トリニティ・ホールディングスに移した。「カネボウ」の商号、ブランドは花王のものになったために使えなくなり、07年7月から現在のクラシエホールディングスに社名を変えたのである。直前の6月末に空っぽになった旧カネボウは株主総会を開いて解散を決議した。

最後に残った3つの事業を受け継ぐ

 120年の歴史を有し戦前には日本一の規模を誇った名門企業が2000億円を超す粉飾事件を起こして消えたわけである。今のクラシエを構成するトイレタリー製品、薬品、食品の3事業は本体から売却された形になっており、「カネボウ」ではない。経営破綻後、繊維部門など37の事業が他の企業に次々と売られて、最後がこの3つなのだ。「売られた順に1から番号を振ると、私たちは38番目になります」と石橋は語る。

 09年に3ファンドは名古屋の毛染め剤大手のホーユーにクラシエを売却することを決め、7月に石橋を社長に起用して9月にホーユーに60%の株式を譲渡した。12年3月には残りの株式も移り、クラシエはホーユーの完全子会社になって現在に至っている。旧カネボウの経営破綻から流れ流れてやっと落ち着いた。

 「クラシエを一体で買収することを決断していただいたホーユーの水野新平社長はクラシエにとって恩人です」。こう石橋が言うのには理由がある。産業再生機構から3事業を買い取ったファンドは当然、最も高く売らなければならない。「新聞社の方々は、ばらばらに売るのが一番高く売る方法だし、違う業種の3事業をまとめて買う企業なんか絶対にないと言っていましたよ」と石橋は振り返る。何としても3事業一体での再生を石橋たちは希望したが、「そんなのは夢物語だ」という見方が一般的だった。

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「「辞める」と言い続けて社長になった」の著者

森 一夫

森 一夫(もり・かずお)

ジャーナリスト

1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、特別編集委員兼論説委員を歴任。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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