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「中国はよくなっている!」信号待ちで思わず涙した私

2015年3月20日(金)

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 それは、本当に偶然の、とても短い間に起きた小さな出来事だった。

 上海市内で私が宿泊しているホテルの近くにある横断歩道に立っていたときだ。私の斜め後ろにいた母子の会話が耳に飛び込んできた。

「ほら、あそこを見てごらん。赤信号でしょう? あそこが赤のときは渡っちゃいけないんだよ。あれが青色になったらお母さんと一緒に渡ろうね。いいね」

 30代前半くらいのお母さんが信号を指差しながら、3~4歳の娘に向かって一生懸命語りかけていた。早く渡ろうと前のめりになってぐいぐい引っ張る娘の手をしっかり掴んで、腰を落として、じっくりと諭すお母さん。娘も途中から理解できたのか、「うん、うん」とうなずき、母親に向かってにっこり微笑んでいる。

 その姿を振り返って見た私はものすごくびっくりして、思わず母子の顔を交互に眺めてしまった。

 とくに裕福そうでもない。かといって貧しい人にも見えない、ごく普通のお母さんとかわいい娘さん――。お母さんも私に気がついたのか、まるで「今ね、うちの娘の教育をしているところなのよ」とでもいいたげな表情で、にこっと微笑んでいる。私も思わず何か話しかけたい衝動にかられたが、そのまま母子の横に並んで信号が変わるのをじっと待っていた。

 とてもうれしくて、心がホカホカと温まる気持ちになった。

 そのとき、赤信号で立ち止まっていたのは私たち3人だけだった。
 大勢の人々は当たり前のように横断歩道をどんどんと渡っている。

青信号を堂々と渡る

 人の波に逆らって突っ立っている私たち。ときどき、私の肩にぶつかって「邪魔だな」という顔で睨みつける人すらいる。その場に立ちつくしながら、ちらっと娘の顔をのぞき見ると、娘も不思議そうな顔をして、次々と信号無視をして渡っていく人々を見ていた。何ともいえない、気まずい気持ちになるとともに、こんな社会に対する悔しさと、ここに立つ母子と一緒にいるうれしさと、何だかよくわからない感情がない交ぜになって、涙がじわっとこみ上げてきた。

 青信号になって、ようやく母子と一緒に堂々と道路を渡ることができたとき、目からどんどん涙があふれてきて、止まらなくなってしまった。母子は私とは違う方向に歩いていったので、私は急いで涙を拭いて、地下鉄の階段を早足でかけ下りた。その瞬間、私の頭の中に「中国はよくなっている」というセンテンスがぱっと浮上し、パソコンの動画の上に飛び交うテロップのように、右から左へと何度も繰り返し流れていくのがわかった。

 そう、私はこの瞬間、気がついた。中国社会はだんだんと、よくなっているのだ――と。

 上海から帰国してすぐ、担当編集者Y氏に会った。

 「上海はいかがでしたか?」と聞かれた私は、真っ先に一番思い出に残っているこの横断歩道の話をしたのだが、話しながらまた涙がこみ上げてきてしまった。会社の会議室で突然泣き出す私にY氏は面食らっていた。申し訳ないな、と涙を拭きながら説明しようと思った瞬間、なんと彼は机をバンバン叩き出した。

「泣いてる! 中島さん、本気で泣いてる! うわっ、おもしろい! これはおもしろいですよ!」

「はっ? 何が?」

 ムッとする私の前で、こともあろうにY氏はこれまで見たこともないような、はち切れんばかりの表情で笑っていた。

 まさか泣いている女性(年はだいぶ取ってきたが、いちおう私も女性)を見てケラケラと笑うとは、男性として言語道断。Y氏、ちょっとあなた、あまりにもひどいんじゃないの? と思い、頭にきたのだが、それより早く彼は「書きましょうよ。これは、中島さんにしか書けない原稿ですよ! すごくいいエピソードですよ!」といって、目をキラキラさせ、またドンドンと机を叩いて笑い転げた。確かに私はちょっと変わった性格ではあるが、担当編集者を信じて素直にエピソードを話したのに、まさか、こんなにもバカ笑いされるなんて……。

「これは、中国の大きな変化の一端かもしれないんです」

 とはいえ、笑われてはこちらもムキになる。

 現在の中国のような「ルール軽視」の無秩序な国で、赤信号を自分の意思で待つことがどんなに難しいことなのか、分かってもらわねばならない。

「交通ルールを無視するのが“普通”の中国で、赤信号で渡ってはいけない、ということを幼い子どもにきちんと教えることは並大抵のことではないんです。だから、あのお母さんは自分が置かれた環境に惑わされないすばらしい人だし、そんな人を街で見かけたことは、私にとってまさに奇跡。もし2~3分違いであの場に立っていたら、私たちは出会わなかったかもしれないじゃないですか。そして、ああいうことをしているのが、人口13億7000万人の中国で、あのお母さんたった一人だけ、とはとても思えません。中国でも交通ルールをきちんと守ろうとしている人や、道徳を重視している人は、もしかしたらあのお母さんの背後に、上海でも数十、もしかしたら数百人、いや数千人はいるかもしれません。中国の社会は明らかに以前とは違います。変わってきているんです。その象徴を私はあの横断歩道で垣間見たわけで……」

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「「中国はよくなっている!」信号待ちで思わず涙した私」の著者

中島 恵

中島 恵(なかじま・けい)

ジャーナリスト

1967年、山梨県生まれ。1990年、日刊工業新聞社に入社。退職後、香港中文大学に留学。1996年より、中国、台湾、香港、東南アジアのビジネス事情、社会事情などを執筆している。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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