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ラオスで回ったのは独楽と私

第6回:パチュドンの学校はどのように発展してきたか

2015年5月12日(火)

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ついに山岳地帯の学校を訪れた藤原和博さん。校舎のすぐわきには爆弾の爆発によってできた穴が残っており痛ましい。しかし、そんな場所でも教育を受けることにより住民の間にも変化が生じ始めている。(前回の記事はこちらをご覧ください)

 まず、パチュドンという村をイメージしてもらうために、地図を示してみよう。

 ラオス南部にあるサラワン県の東北に位置し、少し東に走ればもうベトナムとの国境だ。だからだろう、村人たちの顔は3分の1はベトナム系、3分の1はインドも混じった感じのパッチリおめめ顔、そして残りの3分の1は黙っていれば日本人にも見える顔立ちをしている。非常に親近感を感じる。

 マチュピチュやナスカを旅した時に出逢った南米の人々もそうだったが、絶対つながっているんだなと思う。実際、ペルーの天野博物館(天野芳太郎は、南米のシュリーマンとしてインカ帝国文化の発掘で知られる極めてスケールのデカイ日本人)で観た人面土器には、明らかに東洋人の顔のものがあった。先祖が環太平洋圏を長い時間かけて旅したか、流された証拠だろう。確かに私たちはつながっている!

 目の前の道路はその昔、ホーチミン・ルートとしてベトナム戦争当時に武器が運ばれた場所で、爆弾が投下された跡が残る。パチュドンの小中学校を旗艦校としてつくったあと、AEFA(アジア教育友好協会)が次々に支援したサテライト状の分校も訪れたのだが、校舎のすぐ裏に、大きな穴が空いている学校もあった。

 村人はこの穴を埋めて新校舎を増築したがったが、むしろ爆弾の跡は残しておいたほうがいいという意見もあるらしい。日本でも東日本大震災で、崩壊した市庁舎や小学校の跡地を、犠牲者を忘れないためのモニュメントとして残そうという動きがある。それと同じ心の動きだ。

爆弾で穴があいたところ

「藤原和博の「学校をつくろう! in ラオス」」のバックナンバー

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「ラオスで回ったのは独楽と私」の著者

藤原 和博

藤原 和博(ふじはら・かずひろ)

教育改革実践家

リクルートの敏腕営業担当から、都内で初めての民間出身の公立中学校の校長に転じた。斬新な手法で地域を挙げての教育体制を整え、校長退職後は全国にその手法を伝えている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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