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絶滅危惧種、日本のアパレルを救うブランドをつくる

第3回:ライフスタイルアクセント 山田敏夫社長(前編)

2015年5月14日(木)

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「ローカルベンチャーの旗手」の第1弾は日本初のファクトリーブランド専門ECサイト「ファクトリエ」を立ち上げ、いまアパレル業界のみならず各界から大いに注目されるライフスタイルアクセント代表・山田敏夫氏だ。“日本の工場から、世界一流のブランドを作る”という目標を掲げ、通常は顧客の目には触れないアパレル工場の名前をブランドの一部として表舞台に引っ張りだした。これまでの経緯とその狙いを聞いた。

(聞き手はトーマツベンチャーサポート事業統括本部長、斎藤祐馬氏、前回の記事はこちらをご覧ください)

斎藤:まず「ファクトリエ」とは一体どんなものなのですか?

山田:ファクトリエは日本のアパレル工場と一般の消費者をつなぐ通販サイトです。もともと工場の意味の「ファクトリー」とそれらが集まる場所である「アトリエ」を足した造語です。

ライフスタイルアクセントの山田社長。日本のものづくりを生かしたアパレルブランドをつくりたいと、孤軍奮闘してきた(写真:菊池一郎)

斎藤:工場? それは例えばどんな工場でしょうか

山田:実は日本には、世界の一流ブランドを手がけている無名だけどもすごい工場があります。それこそアルマーニやエルメスやシャネルにヴィトンだって一部のものは日本の工場で作られている。一方で、過当競争や職人の高齢化で工場が激減している。本当に価値のあるメイド・イン・ジャパンって何だろうと。そんなことを考えていくうちに日本全国にある最上級のものを作っている工場を探そうと思いついた。


 山田さんはもともと熊本市内で創業1917年と100年近い歴史のある婦人服店の次男だ。将来的に店を継ぐことを考え、ファッションを学ぼうとフランスに留学。方々に手紙を書いて、なんとかグッチのパリ店にもぐりこんだ。その有名ブランドで働くスタッフたちはエルメスやヴィトンなど横のつながりも強く、またみな販売員という仕事にも誇りをもっている。そこであることに気付かされたという。

山田:例えばエルメスの販売員が研修で工房見学へ行くわけです。そうすると、職人が1つの革製バッグの全行程を1人で丸縫いしている。約20時間、丸2.5日もかけてやっている。だからケリーバッグは50万円もするわけです。しかも裏側には手がけた職人の番号が書いてあって、修理の際には必ず自分のところに戻ってくる。

 面白いのがその工房は親子3代で受け継がれていたりして、亡くなった先々代が手がけたものの修理を孫が引き受けて、やっぱりすごい作りをしていたんだななんて見ることができたりする。彼らの文化にはやはり物づくりが一番の根っこにあって、その先にコレクションや流行のカラーや販売戦略がある。

 日本のアパレルブランドの状況を尋ねられて、ワールドやオンワードやユニクロや無印良品やいろいろあると答えたんです。そうしたら、それって物作りじゃないよねと。小売りだと。そういうものはブランドじゃないと大まじめに否定されたわけです。世界で本物のブランドは物づくりありきだと。「日本には本物のブランドはない、いずれ中国のほうがブランドになるかもよ」と言われるわけです。

 それはもうショックでした。そのときに売り言葉に買い言葉で、「日本の工場からお前たちがびっくりするような世界ブランドをつくってやる!」みたいなことを言ったのが、今のファクトリエにつながる最初のきっかけです。

お前のブランドはできたのか?と聞かれて

斎藤:「本物のブランドをつくる」と意気込んで帰国したと。そこでいきなりファクトリエを思いついたのですか。

山田:いや、普通に日本の企業に就職しました(苦笑)。2002~2003年当時はアパレル業界が下降線の一途で、親戚一同がこの業界への就職を止めるわけです。その時に読んだ孫(正義)さんの『志高く』という本に、インターネットというのはこれから一番大きな可能性を秘めているとあった。そこでソフトバンク系のベンチャー企業に入りました。4年間いてインターネットを学んだあとにアパレル系のイベントやネット通販をやっている会社に移りました。イベントを手がけるなど色んな経験をさせてもらいました。

 ちょうどその頃にFacebookが流行りだして、フランス時代のグッチにいた友人たちと一気につながったわけです。そこで「ブランドはできたか」と聞かれたんです。みんな本当によく覚えているんですよ。

 自分でも分かってはいたんです。忘れていたわけではないんですけど、僕がそのときにやっていたのは、中国、韓国ですごく安く作って輸入して、モデルに着せてランウェイを歩かせて、1ステージで何億売るかみたいなことだったわけです。

 そして、今から3年ほど前にこれじゃダメだと思うようになったんです。

コメント3件コメント/レビュー

巷に氾濫する「ファストファッション」に対抗するものとして、非常に期待します!(2015/05/14)

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「絶滅危惧種、日本のアパレルを救うブランドをつくる」の著者

斎藤 祐馬

斎藤 祐馬(さいとう・ゆうま)

デロイト トーマツ ベンチャーサポート事業統括本部長

1983年愛媛県生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、2006年にトーマツに入社。2010年にベンチャーを支援するためにトーマツ ベンチャーサポート(現 デロイト トーマツ ベンチャーサポート)を事実上立ち上げた。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

巷に氾濫する「ファストファッション」に対抗するものとして、非常に期待します!(2015/05/14)

良いハナシです。確か青〇の創業時、織り元を夜行列車に乗って社長が口説きに行ったという話がありましたよ。(2015/05/14)

「他人(ひと)事」という言葉はあっても、「自分事」という言葉は存在しない。そもそも書き手のレベルが低いのだが、それをサポートするのが編集者というもの。このページにまともな編集者はついているのか?(2015/05/14)

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後藤 忠治 セントラルスポーツ会長