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助手席から2人の世界王者を支えた男

コドライバー、カイ・リンドストローム氏【前編】

2015年6月1日(月)

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 世界の大手自動車メーカーが威信を賭けて競う、世界ラリー選手権(World Rally Championshio、以下WRC)。F1のようなサーキットレースとは異なり、ラリーは必ず2人1組で行う競技だ。ドライバーは、たとえコーナーの先が見えていなくても、コドライバーが読み上げるペースノートの情報を信じて全開でアタックする。文字通りお互い“命を預け合う”わけで(最近のラリーカーは非常に頑丈だが)、なまじっかな信頼関係ではつとまらない。

 コドライバーは、冷静沈着で、頭が切れる人物でなければならない。その証拠に、モータースポーツのチーム首脳陣には、ラリーのコドライバー出身者が多い。国際自動車連盟(FIA)の現会長ジャン・トッド(かつてミハエル・シューマッハを擁してF1のフェラーリ黄金期を築いた人物でもある)も、元コドライバーだ。

 スポットライトは照らされないが、勝利になくてはならない存在。そんなコドライバーたちの考え方や人生経験は、ビジネスの現場を支える人々にも、響き、役立つことが多いだろう。本連載が、ドライバーではなく、あえてコドライバーにインタビューをしているのは、それが狙いだ。

カイ・リンドストローム(Kaj Lindstrom)1969年、フィンランド、ミッケリ生まれ。1988年、コドライバーを始める。1998年、タピオ・ラウカネンと組んでイギリス選手権に参戦。99年、イギリス選手権を制した。以降、WRCにも出場。2001年のWRC最終戦、ラリーGBで、4度の世界王者トミ・マキネンのコドライバーに抜擢される。2002年はマキネンとともにスバルに移籍した。2009年、当時フェラーリのF1ドライバーだったキミ・ライコネンと組む。2010年と2011年はライコネンとともにWRCにフル参戦。現在は、ヤリ・ケトマーと組んで、WRC2(S2000やR4、R5規定の車両が参戦するWRCの下位カテゴリー)を戦っている。(写真=Pure WRC)

 今回話を聞いたカイ・リンドストローム氏(以下敬称略)は、コドライバー歴27年のベテラン。彼は、2人の世界チャンピオンのコドライバーを務めた。1人は、1996年から1999年までWRCのタイトルを4連覇したトミ・マキネン。もう1人は、2007年のF1世界チャンピオン、キミ・ライコネンだ。

 彼が組んだ2人の世界チャンピオンは、その経歴も組んだときの状況も、まったく異なる。

 カイがマキネンと組んだとき、マキネンはすでに4度の世界チャンピオンだった。一方のライコネンは、元F1チャンピオンとはいえ、ラリーではまったくの初心者だった。おまけに、F1からいきなりWRCへフル参戦という特殊な状況だった。

 この異なる2人のチャンピオンに対し、彼はどう対応したのか? WRC第2戦の舞台である、スウェーデンで話を聞いた。


初めてのラリーはたった5kmで終了

まず、あなたのキャリアについてうかがいます。どのような経緯でコドライバーになったのですか?

K:親友がラリーを始めて、それで僕に「コドライバーをやってくれ」と頼んできたんだ。即座にOKしたよ。もう、かなり前のことだよ。1988年だった。このとき19歳だから、長いキャリアになるね。

初めて出場したラリーのことを覚えていますか?

K:僕の故郷であるフィンランドのミッケリという街の近くで行われた、地方ラリーだった。当時は、地方ラリーに出場する車がたくさんあったんだ。僕らの車は、最初のステージのわずか5kmでクラッチが壊れて、それでおしまいだった。だから、初めてのラリーはとても短い経験だったよ。それでも、自分たちで色々なことを決めなきゃいけなかったことが面白くて、それに、すごく興奮したよ。だから、コドライバーを続けたいと思った。

現在、カイはヤリ・ケトマーのコドライバーとして、WRC2に参戦している。(写真=Pure WRC)

 カイは何人かのドライバーと組んで、フィンランドやヨーロッパ内の選手権に出場した後、フィンランド人ドライバー、タピオ・ラウカネンと組んでイギリス選手権に参戦した。その後、WRCにもスポット的に出場していたが、2001年の終わりに彼のキャリアを大きく変える出来事が起きた。4度の世界チャンピオン、トミ・マキネンから、コドライバーになるよう依頼されたのだ。

 マキネンは、三菱のランサーエボリューションを駆って、1996年から1999年までWRCで4連覇を成し遂げた男だ。

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「助手席から2人の世界王者を支えた男」の著者

岡本 ゆかり

岡本 ゆかり(おかもと・ゆかり)

ライター

筑波大学卒業後、日経BP社に入社。「日経クリック」「日経PC21」の編集部を経てフリーに。趣味はF1とWRC(世界ラリー選手権)の観戦。年に数回、現地に観戦に赴く。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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