「ぬれせんべい」を販売して廃線をまぬがれたローカル鉄道がある――。
2006年11月からテレビや新聞で繰り返し紹介された「銚子電鉄」は、自社で販売するぬれせんべいの購入を呼びかけ、その売り上げを車両の検査などの安全対策費用にあて、窮地をしのぎました。この、現代のおとぎ話のような復活劇の陰には、インターネットによる情報発信の力があります。銚子電鉄をめぐる騒動は、ホームページに掲載された一つの文章から始まったのです。
このエピソードは、地方景気の後退にあえぐ中小企業や、インターネットによるコミュニケーションで悩む企業にとって、大きなヒントとなるものです。この連載では、銚子電鉄で鉄道部の次長をつとめる向後功作氏に、「ぬれせんべい騒動」から見えてきたネットの可能性について語っていただきます。
(本連載は、向後氏が1年にもおよぶ騒動をまとめた単行本『がんばれ! 銚子電鉄 ローカル鉄道とまちづくり』をWeb向けに再構成したものです)
「銚子電鉄」というローカル鉄道をご存知でしょうか。
銚子電鉄は、千葉県の東端の小さな町を走る、本当に小さな鉄道です。路線全長はたったの6.4キロメートル。時間にしてわずか20分足らず。自転車にすら追い越されてしまうといわれる、のんびりした鉄道です。
そんな銚子電鉄に廃線の危機が訪れたのは、2006年も終わりごろのことでした。2006年11月15日に、銚子電鉄のホームページに、突然、次のような一文が現れたのです。
電車運行維持のためにぬれ煎餅を買ってください!!
電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです。
このとき、私たち銚子電鉄は、前にも後ろにも動けない状況に陥っていました。
ホームページでは、この一文に続き、銚子電鉄が非常に厳しい経営状態にあること、資金の不足により、車両の検査(法定検査)が発注できずにいることを説明し、そして、支援のためにぬれせんべいを始めとする銚子電鉄のグッズの購入や鉄道の利用を呼びかけていました。
このような「敗北宣言」ともとれる文章を企業がインターネットで発表し、みなさまの厚意にすがるというのは、通常はありえないことかもしれません。私たちは、そこまで追い込まれていたのです。

のどかな銚子の風景に、赤いペイントが特徴の車両が走る
敗北宣言が呼び込んだ奇跡の逆転
銚子電鉄で稼動させている車両は4つあります。2006年12月から順次検査を行わなければならならなかったのですが、その費用がどうしても出せなくなってしまったのです。決められた期日までに検査を実施しなければ、車両が利用できなくなり、銚子電鉄は運行することができなくなってしまいます。
ここまで資金繰りが悪化したのは、利用客の減少に加え、2006年8月に銚子電鉄の前社長が業務上横領で逮捕されたこと、それにより銀行から融資を受けられなくなったこと、千葉県や銚子市からの補助金が受けられなくなったことなどが原因でした。

銚子電鉄の犬吠駅に並ぶぬれせんべい
途方にくれた我々は、藁にもすがる思いで、インターネット通販でぬれせんべいを購入してくださいと呼びかけたのでした。誰が応えてくれるかもわからないまま……。
ところが、翌々日になると変化が現れました。メールボックスが、ぬれせんべいの注文であふれていたのです。
それまで日に10セットもなかった注文が、突然100件になりました。
そして翌日には、200件になりました。
ぬれせんべいの注文は、1週間で5000件を超え、
2週間足らずで1万件を超えたのです。
存続の危機を前にして、すべての策が尽きてしまった私たちには、本当に奇跡のような話でした。この「臨時収入」で検査費用を支払うメドがついたのです。
いったいどこのどなたが、ぬれせんべいを購入してくださったのでしょうか?
注文メールには、温かい励ましの言葉や応援のメッセージが添えられていました。銚子電鉄と同じように、廃止の危機に直面している地方の交通機関に勤めていらっしゃる方からのメールもありました。定年退職された方から、銚子電鉄はまだまだがんばってほしいというメッセージをいただいたこともありました。まさに日本全国のさまざまな立場の方が、ぬれせんべいを買ってくださっていたのです。
どのようにしてホームページに掲載した「お願い」が広まったのかは、初めは謎でした。後でわかったのですが、例の一文をアップした次の日の夜には、掲示板「2ちゃんねる」に、「銚子電鉄を救おう」という書き込みがありました。そして、ほぼ同時に、個人が運営するニュースサイトでも銚子電鉄について記事が書かれていたようです。
記事を読んで銚子電鉄の状況を知った人が、ネット上のブログや、ミクシィのようなSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)の日記で、銚子電鉄について書く。それを読んだ人が、ぬれせんべいを注文したり、さらに自分のブログやSNSの日記に書いたりする。これはまさに、インターネットを通じた「口コミ」の力でした。
インターネットでの盛り上がりを追いかけるように、テレビや新聞といったマスメディアから取材の申し込みがたくさん寄せられました。ホームページに文章を載せた5日後の2006年11月20日には「スーパーJチャンネル」で、その翌日の「スーパーモーニング」、23日の「とくダネ!」といった多くのニュース番組で、銚子電鉄が取り上げられたのです。
私は、2ヵ月ほどの間に、44本もの取材を受けました。それほど、マスコミの関心は高かったといえるでしょう。
「ぬれせんべい」が指し示す可能性
銚子電鉄の「ぬれせんべい騒動」は、社会現象にもなったと言う人もいます。実際、「電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです」は、世相を表す言葉として、新語辞典「現代用語の基礎知識」(自由国民社)にも掲載されることとなりました。また、検査費用のメドがついたときに、テレビの取材があり、涙を流す私の姿がニュースで流れてしまい、ネットでは「泣き虫次長」というあだ名がつけられてしまいました。
また、このときの報道で「なぜ鉄道会社がせんべいを売っているんだ?」と思った人も多いでしょう。実は、銚子電鉄は、収益の3分の2以上を「ぬれせんべい」を始めとする地元の名産品やグッズの売り上げに頼っています。鉄道事業による収益は1億1000万円ほどですが、その2倍近い額をぬれせんべい販売などの「副業」で稼いでいるのです。このような地方鉄道の現状は、マスコミで取り上げられなければ多くの人が知ることにはならなかったでしょう。
この騒動には、同じように赤字経営で苦しんでいるほかの地方鉄道や、商店街がさびれてシャッター通りになっている地方都市にとって、再活性化のためのヒントになると思います。また、インターネットを利用したコミュニケーションにおける、ある可能性も示しているといえます。
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