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富士通役員が定年間近で溶接機会社に転身した理由

ミヤチテクノス 田尻康社長

2008年5月13日(火)

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外部の目で組織を大改造

ミヤチテクノス 田尻康社長(62歳)

ミヤチテクノス 田尻康社長(62歳)

 ミヤチテクノスは自動車や電化製品などに使われる電子部品の精密溶接機メーカーだ。抵抗溶接機は世界75%のシェアを持ち、最近ではレーザー溶接機や加工機の拡販に務めている。2005年以降急成長を続け、2007年6月期までの2期で売上高は約1.5倍の212億円、経常利益は約1.7倍の30億円に達した。

 その立役者は田尻康社長(62歳)。富士通で取締役まで上り詰めるが2005年、定年目前でミヤチテクノスに社長就任を前提に移籍する。富士通の米国子会社での社長経験など海外での経営手腕が特に評価されていた。

 同年9月に社長に就任し組織の大改革に着手した。名前すら知らなかった会社に単身で乗り込み強いリーダーシップを発揮する。まずは現場を知ることから始めた。

人材不足で組織改造を決意

 「週3回3カ月、5カ所の営業拠点と3カ所の工場、それから本社の全部署の社員と飲み会をして回ったんですよ。よく体がもつなあと思いました」

 田尻社長就任当時、社長室長として田尻と行動をともにした高階昌雄海外本部長は驚きをもって当時を語る。数人の社員と膝を突き合わせての飲み会を繰り返し180人すべての社員の顔と名前を覚えた。

 そこで見えてきた問題点が「技術力は素晴らしいが顧客視点が全くないこと」だった。顧客である自動車や家電メーカーへの営業体制が弱い。製品開発も技術者の考えを優先し、ユーザーにとっての使いやすさは全く考慮されてこなかった。

 また、海外事業で即戦力となる人材がいないのも問題だった。ミヤチテクノスの海外売上比率は、2000年までに米国とドイツの溶接機メーカーを買収したこともあり約60%を超えていた。しかし、海外駐在経験者は限られ、海外営業部も現地の日本人社員とのやり取りに終始するのみだった。

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「富士通役員が定年間近で溶接機会社に転身した理由」の著者

宇賀神 宰司

宇賀神 宰司(うがじん・さいじ)

日経ビジネス記者

日経クリック、日経ベンチャー(現・トップリーダー編集などを経て、2007年1月から日経ビジネス編集記者。流通、中小ベンチャー、マネジメント、IT(情報技術)を担当する。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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