「IPO企業の素顔」

“夢”の新薬を開発する研究者集団

ナノテク抗ガン剤の発売を目指すナノキャリア

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2008年8月18日(月)

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 ガン細胞だけに作用することで、副作用を大幅に軽減する──。ガンの患者にとっては福音となりそうなこんな抗ガン剤の開発に挑んでいる社員30人ほどの会社がある。創薬ベンチャーの「ナノキャリア」(千葉県柏市)だ。

 ガンはDNA(デオキシリボ核酸)の突然変異によって細胞の増殖に対する制御が失われ、細胞が無制限に増殖する病気。細胞が増殖する際に大量の栄養が消費されて体が衰弱したり、臓器の細胞がガン細胞に置き換わって機能不全に陥ったりする。その結果、生命が脅かされる。

 既存の抗ガン剤のほとんどは、ガン細胞の増殖を阻止することでガンの進行を食い止める。ただし、ガン細胞だけでなく正常な細胞にも作用して細胞の置き換えを阻止するので、髪の毛が抜けたり、ひどい吐き気を催したりといった副作用を引き起こす。

 もしガン細胞だけを狙い撃ちできれば、副作用を抑制して薬効を高めることが可能だ。ナノキャリアはそうした抗ガン剤の開発を進めている。

ナノキャリアの中冨一郎社長

ナノキャリアの中冨一郎社長(写真:都築 雅人、以下同)

 今年3月5日には東証マザーズに上場を果たした。昨年から新興企業向け市場の市況が低迷して新規上場企業の「公開価格割れ」が相次いでいた中、同社の初値は公募価格を35%上回る2万7000円をつけた。翌日には3万2850円まで上昇する。

 しかし、その後の値動きは不安定で、4月下旬には1万7910円まで下落した。「業績は赤字が続いているうえ、新薬の開発が進展するといったニュースもなく、同社の株を積極的に買う材料が見当たらない。そうした中、個人投資家の売買によって値が大きく上下している」(ある証券アナリスト)。8月15日は前日比マイナス750円の1万8600円で引けた。

 市況が悪化していた時にあえて上場した理由をナノキャリアの中冨一郎社長はこう話す。「公募価格は満足のいく水準ではなかったが、資金需要に加えて、ベンチャーキャピタルをはじめとする投資家に対しても上場することが最大の還元だと考えた。また社員の士気を維持するためにも、上場を延期すべきではないと判断した」。

2人の大学教授が中心になって起業

 ナノキャリアが開発している抗ガン剤の基本技術を開発したのは、東京女子医科大学の岡野光夫教授、東京大学大学院の片岡一則教授らの研究グループと科学技術振興機構。自らが開発した技術を使った抗ガン剤の発売を目指して、岡野教授と片岡教授が1996年に創業したのがナノキャリアだ。

 ガン細胞を集中攻撃できる秘訣は、その大きさにある。まず、ナノテクノロジー(超微細技術)を駆使して、直径20〜100ナノメートル(ナノは10億分の1)という微細な特殊ポリマー製の“カプセル”を作る。その内部に抗ガン剤を封入し、患者の静脈に点滴もしくは注射する。

 血液とともに血管内を循環するカプセルは、ガン細胞には到達するが、正常な細胞には届かない。栄養や酸素を細胞に供給する目的で血管の表面に開いている隙間の大きさが、正常な細胞とガン細胞の周囲の血管で異なるからだ。

 正常な細胞の周囲の血管の隙間は数ナノメートル。一方、ガン細胞の周囲の血管は細胞の増殖に応じて急速に作られるので、形が不完全で隙間が約200ナノメートルと大きくなる。つまり、直径20〜100ナノメートルのカプセルは、通常の血管の隙間からは出ていかないが、ガン細胞付近の血管からは漏れ出してガン細胞にたどり着くというわけだ。

 この特殊なポリマー製のカプセルは「高分子ミセル」と呼ばれる。ナノキャリアは現在、肺ガンなどの治療に使われる抗ガン剤の「シスプラチン」を封入した高分子ミセルについて、患者を対象にした臨床試験を海外で実施している。

社長は久光製薬の創業家出身

 ナノキャリアの取締役を兼務する岡野教授が全幅の信頼を寄せているのが、中冨社長だ。同社長はかつて米国の創薬ベンチャーの副社長として活躍し、米国の新興企業向け株式市場「ナスダック」への上場も経験した。

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著者プロフィール

中野目 純一(なかのめ・じゅんいち)

日経ビジネス記者。日経アーキテクチュア、日経コンストラクション、日経ビズテックの記者を経て、2005年12月日経ビジネス記者。2012年4月から現職。

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