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第4講 逃避する決断が、新たな一歩を生む

2008年10月4日(土)

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 「スタント先生は特別な経験をしたからこそ、強い人間になれた。私は、そんな経験はしていないから、先生のように強くはなれない」

 このコラムの主人公である早稲田大学国際教養学部の教授、カワン・スタントを、まるで得度した僧侶のような「達観」した人物のように、考える人もいるだろう。

 インドネシアの貧しい家に生まれ、継母から愛を受けることなく育ち、中国系インドネシア人であるために迫害を受けた。日本に留学してからも外国人であるために仕事が見つからず、その能力を積極的に評価してくれる人がほとんどいなかった。そんな状況にもめげず、工学・医学・薬学・教育学と4つも博士号を取得し、現在は早稲田大学の教授を務める。

 スタントは確かに、今の満ち足りた環境で育った日本人には、簡単に想像できないような過酷な環境にも、へこたれることなく真っ向勝負で立ち向かい、高い壁を乗り越えてきた。だがそんなスタントも、心身ともにズタズタになり、心の病に悩み、「今でも時折、その病魔に苦しめられることがある」と聞いて、信じられるだろうか。

 実はスタントには、今まで本人がほとんど語らなかった、大きな挫折経験がある。

 「毎日が嘔吐の連続。人前にも出たくないし、光を見るのも怖かった」

 いわゆるうつ病の症状に3年の間、悩まされ続けた。幼少期や思春期の悩みではない。50歳にさしかかろうとする、立派なオトナになってからの出来事だった。

組織が人をつぶすとき

カワン・スタント(Ken Kawan Soetanto)

カワン・スタント(Ken Kawan Soetanto)
早稲田大学国際教養学術院教授
早稲田大学臨床教育科学研究所所長

1951年インドネシア・スラバヤ生まれ、57歳。74年に来日し、以後4つの大学で「工学」「医学」「薬学」「教育学」の博士号を取得。88年に渡米、93年に再来日。2003年より現職。著書に『「できない大学生」たちが、なぜ、就職で引っ張りだこになったか』(三笠書房)などがある。(写真:菅野 勝男)

 時計の針を10年前に戻そう。米国で准教授として5年近く教壇に立っていたスタントは、日本の大学からの誘いを受けて再来日を決意。その大学において、スタントは重要な任務を負うことになっていた。

 少子化による「全入時代」の到来で、大学は学生を集めるため、新しい研究・教育分野の開拓に挑む必要があった。そこで、工学と医学の博士号を持つスタントに白羽の矢が立った。

 最終目標は新学科の設置。その第一歩としてまず関連する研究センターを設立させる。そのセンター設置の提案書を作成するよう、スタントに命じた。大学の中で、複数の領域に関わる新分野に関して博士号を持つのは、スタントが唯一と言っていい状況だったからだ。

 今まで自分を否定し続けてきた日本社会で、自分が貴重な存在として求められている――。

 人から頼られることに生きがいを感じてきたスタントは、いつも以上に希望に満ち溢れていた。たとえ大学が夏休みに入っても、スタントは休まずに提案書の作成に没入する。

 夏休みをつぶしてまで作り続けた提案書は、A4の紙で50枚に及んだ。体力と精神力の限界まで自分を追い詰めて作り上げた渾身の一作を持参し、学部の有力な教授に提出した。その時、信じられない言葉が返ってきた。

 「これでいい。だが1つ言っておく。提案書には、君の名前は載せられない」

コメント20件コメント/レビュー

素晴しい記事を読ませて戴き感謝しております。スタント先生はまさに日本が抱えている複合的な問題点を体現された方と思います。損得を追求することのみの生き方に幸せはなく、人に尽くすことで幸せになれるという真実を美談や特別な方の話しとせず真摯に省みたいですね。(2008/10/09)

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「第4講 逃避する決断が、新たな一歩を生む」の著者

白壁 達久

白壁 達久(しらかべ・たつひさ)

日経ビジネス記者

2002年関西大学経済学部卒業後、日経BP社に入社。日経ビジネス、日経ビジネスアソシエを経て、2015年から香港支局長としてアジア全体をカバーする。2016年8月から日経ビジネス記者に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

素晴しい記事を読ませて戴き感謝しております。スタント先生はまさに日本が抱えている複合的な問題点を体現された方と思います。損得を追求することのみの生き方に幸せはなく、人に尽くすことで幸せになれるという真実を美談や特別な方の話しとせず真摯に省みたいですね。(2008/10/09)

「幸せ」について考えながら学生たちと向かい合うスタント先生。私は音楽教育を通して2歳児から成人までを相手にしています。子供たちにとっての音楽は、幸せであるという経験そのものです。ところが成人の生徒に関しては、少ないコマ数や、専門科目ではないこと、彼らのモチベーションの低さなど、まさに外的要因のせいにし、私自身が彼らの「幸せ」に影響しようなどとは考えなかった。数少ない今年度の授業を前に、先生の素晴らしい心意気に触れることができたこのコラムに感謝します。これまでとは違った気持ちでカリキュラムを組めそうです。(2008/10/08)

特にアジアの人々から日本人は嫌いと言われるとこちらも嫌い!と壁を作る事がありますよね。スタント先生は日本社会から差別を受け、当然上記のような気持ちになってもおかしくないのに「求めてくれる学生がいる!」と教鞭をとってくれている。すでに社会人ですが、自分の学生時に出会うことが出来たらと思えてなりません。(2008/10/07)

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井上 礼之 ダイキン工業会長